拒絶の光
空気が裂けるような音とともに、黒い鎖が床を薙ぎ払った。
赤い絨毯が裂け、露わになった石床が砕け散る。
少女はその中を滑るように駆け抜けた。
振り下ろしをかわし、薙ぎ払いを抜ける。
踏み込む――が、鎖が遮る。角度を変える――それも塞がれる。
距離が、埋まらない。鎖が壁のように立ちはだかり、近づけない。
「っ……!」
少女の舌打ちと同時に、鎖が軌道を変える。
唸りを上げながら弧を描いた鎖が、風をはらんだ少女のマントの裾へと絡みついた。
留め具を弾く。
絡み取られたマントはそのまま壁に叩きつけられた。
しかし、鎖は止まらない。
唸りを上げ、横薙ぎに振り抜かれる。
ロイは咄嗟に身を伏せ、床の上を転がった。
「くっ……!」
視界の端で、エルディオの姿が揺れる。
遠い――鎖が邪魔で近づけない。
ロイは歯を食いしばり、鎖の向こうへ飛び込む隙をうかがう。
その背後で、サグロスが目を細めていた。
鎖の動き。戻る軌道。わずかな癖。
視線が、少女とロイへ移る。
サグロスは踏み込んだ。
振り下ろされる鎖を、あえて水をまとった槍で受ける。
その鎖が絡みついた瞬間――床を這う鎖に狙いを定め、槍先を振り下ろした。
鎖の輪の隙間に槍先を正確に差し込み、そのまま床へ突き立てた。
直後、圧が叩きつけられた。
「ぐっ……!」
鈍い衝撃が腕から全身へと重くのしかかる。
だが、その圧力が――床を砕き、槍をさらに深く押し込んでいく。
鎖の男の動きが、わずかに止まる。
少女はその隙を見逃さない。
「はあぁっ!!」
床を蹴り、炎を纏った脚を振り抜いた。
硬質な衝撃音とともに、その蹴りは手に握られたもう一本の鎖に受け止められる。
床へ固定された鎖は、手放された途端に魔力を失い、霧のように消えた。
ロイは床を蹴り、一直線に駆け出した。
少女を弾き飛ばした鎖が、そのまま進路を塞ぐように迫る。
だが、横から振り抜かれた炎の蹴りが、鎖の軌道を逸らした。
ロイは止まらない。
そのままアルスレアを握る男――エルディオの前まで駆け抜けた。
「アルスレアを返してください!」
「これは高貴な我にこそふさわしい。お前のような下賤な小僧が持つものではない!」
エルディオの目には、露骨な侮蔑が浮かんでいた。
しかし、ロイは一歩も引かない。
「アルスレアが嫌がっています!」
その言葉に、エルディオの動きが一瞬だけ止まる。
眉がぴくりと動いた。
「何を訳のわからないことを言っている? たかがコルディアだ。道具に意思などあるものか!」
言い捨てると同時に、ちらりと視線を巡らせる。
鎖の男と砂漠の野蛮人、あの無礼な小僧の戦闘はまだ続いている。誰一人仕留めきれていない。
「チッ。たかが三人に何を手こずっている! 使えぬゴミどもめ」
その苛立ちのまま、アルスレアを掲げる。
「もういい! 我が直々に裁きを下してやる!!」
アルスレアに、白い光が弾けた。
その瞬間、ロイの背筋が凍る。
――違う。
いつもの、あの穏やかな感触じゃない。
冷たい。底の見えない深淵のような、異質な気配。
「やめろ!!」
叫びと同時に――白い光が、歪んだ。
禍々しい光が奔流となって溢れ出し、エルディオの身体へと絡みつく。
石床が爆ぜ、壁が裂ける。光は暴れ狂いながら、周囲を巻き込み、破壊していく。
「ギャァアアアアアア!!」
悲鳴が夜を裂いた。
その異変は、戦場のすべてを止めた。
全員の目がその光景に釘付けになる。
「ひぃぃいいい!」
床に転がっていた男たちが跳ね起きた。
足をもつれさせながら、我先にと逃げ出していく。
鎖の男は鎖の形を解くと、踵を返しその場を去った。
「なんだありゃ……」
サグロスの声が低く漏れる。
少女もまた、言葉を失っていた。
直後、光の一部が弾けた。
少女は身を捻って回避し、サグロスは咄嗟に槍で受ける。
だが、身体ごと吹き飛ばされ、サグロスは壁に叩きつけられた。
「がはっ!」
その余波が、床に落ちていた袋を裂いた。
布が破れ、小さな影が顔を出す。
「ぴゅ!?」
ロイは目の前の光景に、立ち尽くしていた。
「……止めなきゃ」
囁くように呟き、エルディオへと近づく。
アルスレアを握る手へ、手を伸ばした。
「やめろ! アルスレア! やめてくれ!!」
触れた瞬間――光が牙を剥いた。
「っ……!」
焼けるような圧が腕を走る。
拒まれている。触れるな、とでも言うように。
それでも、引かない。
ロイはエルディオの手から、無理やりアルスレアを引き剥がした。
そのまま両手で、抑え込むように握りしめる。
「止まってくれ! お願いだから! これ以上傷つけないでくれ!!」
――次の瞬間。
暴れていた光が、ふっと収まった。
静寂が落ちる。
ロイの手の中には、いつもの――七色の輝きが、ただ静かに宿っていた。




