不協和音の共闘
鎖の男の陰から、少女が一歩前に出た。
「その武具が本当にあなたのものなら、武器化くらいはできるでしょ。見せて」
その淡々とした問いかけが、場の空気をわずかに揺るがした。
エルディオはゆっくりと首を傾け、少女を舐めるように見た。
「なんだ? お前は? なぜ、砂漠の野蛮人が高貴な我の前にいる?」
少女の眉が、わずかに動いた。
エルディオはさらに鼻で笑った。
「しかも女のくせに、傭兵まがいなことをするとは……なんてはしたない。女なら大人しく男の後ろにでもいろ」
くっ、と抑えた笑いが漏れた。
少女の視線が鋭くなる。
「……ケッ」
床に押さえられたまま、サグロスが睨み上げる。
「何が正当な使用者だ。人を見下して威張るしか能のねぇ、無様な豚が」
時が止まったように静まり返る。
エルディオの口が開く。だが、声が出ない。
頬がみるみる赤く染まり、肩が震える。
「な、なんだとぉぉお!! 貴様ーーー!!」
怒声が爆ぜた。
椅子を蹴るように立ち上がり、腕を振り上げる。
「もういい! 裁きは今ここで下す! 傭兵ども!! そこの無礼者どもをやれ!!」
その命令が落ちた瞬間――
ロイを押さえていた男の体が吹き飛び、そのままサグロスを押さえていた男に激突した。もつれ合う影の脇でサグロスの指が走り、縄が断ち切られる。
直後、足元で黄色の光が弾けた。
黒い鎖が空気を裂く。
サグロスは体をひねって紙一重でかわし、少女はロイの腕を掴んで飛び退く。振り抜かれた鎖が、ついさっきまでいた場所を薙ぎ払い、絨毯を裂き、石の床を砕いた。
ロイは状況を飲み込めぬまま、声を上げた。
「あっ、ありがとうございます」
「礼は要らない。あいつの言ったことを信じた私が馬鹿だった」
少女の視線が、エルディオの手の中のアルスレアへ向く。
「あなたの方がよっぽど、あの神話の武具を正しく使えると思っただけ」
「綺麗なお姉さん。俺らと共闘してくれんの?」
横から、サグロスがひょいと割り込んだ。
少女は一瞥もくれず、即座に言い放つ。
「あんたと共闘なんて死んでも嫌。ただ、あんたよりあいつの方がもっと嫌なだけ」
「ちぇっ! 連れないねぇ」
ロイの縄が、サグロスの手で切り落とされる。解放された手首に血が戻り、じんとした感覚が広がった。
「何をしている! さっさとやれ!!」
エルディオの怒声が飛ぶ。
それを合図に、三人の男たちが一斉に飛びかかってきた。
サグロスは床に捨てられたコルディアに向かって駆け出した。素早くそれを拾い上げ、男たちに向き合うと――
三人とも、すでに床に転がっていた。
剣を握ったまま動かない男。
折れた棍棒のそばでは別の男が白目を剥き、もう一人は少女の足元で踏みつけられていた。
サグロスがぽかんと口を開ける。
「……マジかよ……」
少し離れたところで、ロイも思わず呟いた。
「味方だとすっごく頼もしい……」
その瞬間、再び鎖が唸った。
左右から襲いかかる黒い鎖を前に、それぞれが反射的に飛び退いた。床を叩きつけた鎖の衝撃で石片が弾け飛んだ。
サグロスが舌打ちする。
「あの鎖に触れたらまたあの圧力の攻撃を喰らうことになるな」
「なら、武器じゃなくて使用者を叩けばいい」
言い終えるより早く、少女は一直線に駆け出す。
「ちょっ、待て! 馬鹿正直に正面から行くな!」
サグロスの声を背に受けながら、少女は鎖の軌道を読むように体を滑らせる。振り下ろしを紙一重でかわし、薙ぎ払いにはわずかに体勢を崩しながらも、強引に間合いを詰めていく。
あまりの動きに、サグロスの口元が引きつった。
「……普通にやりあってるわ。俺ら要らなくね?」
ロイは首を振る。
「一人で戦うのは大変だよ。手伝おう」
踏み出しかけたロイの肩を、サグロスが掴んだ。
「おい、待て。アルスレアを持ってねーお前がどうやってあのおっさんと戦うんだよ」
「……あ」
サグロスは大きくため息をつき、少女をちらりと見た。
「……加勢は俺がやる」
親指でエルディオを示しながら言った。
「お前はあの豚野郎からさっさと取り戻して来い」
「わかった」
視線の先――アルスレアを握るエルディオ。
その間で、黒い鎖が激しく打ち合い、行く手を塞いでいる。
ロイは拳を握りしめた。




