揺らぐ光
大通りには、いくつかの店にまだ灯りがともり、人影がまばらに行き交っているのが見えた。
だが、そんな人の気配も坂を登るにつれ遠ざかっていく。
ランタンに照らされた坂道は静まり返り、石畳を踏む足音だけが響いていた。
手を後ろで縛られたまま、ロイとサグロスは坂道を進まされていた。歩くたび、縄が手首に食い込んで痛んだ。
さっきまで袋の中で暴れていたミーオも、いつの間にかおとなしくなっていた。かすかに、もぞりと動く気配だけが伝わってくる。
わずかに歪んだ手すりの横を通り過ぎ、坂の上にたどり着いた。
そこには高い塀と重厚な鉄門があり、その奥に石造りの屋敷が堂々と構えていた。
門番が一瞥した。
深夜の静寂を切り裂くように、鉄の門が軋みを上げて開き、ロイとサグロスはそのまま敷地の中へ押し込まれた。
淡い灯りに照らされた庭を横切り、屋敷の玄関へ。
中に入った瞬間、空気が変わった。
広い廊下には上質な絨毯が敷き詰められ、壁には燭台が並び、蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れていた。
揺れる灯りに合わせて、廊下に落ちる影が伸び縮みする中、二人は背中を押されながら歩かされていく。
「おい、もう少し優しく扱えねえのかよ……」
サグロスが毒づく。
背後の男はニヤニヤしながら、奪い取ったサグロスの腰袋でその背を乱暴に打ちつけた。
ロイは思わず拳を握る。
前を歩く男の手の中には、アルスレアとサグロスのコルディアがまとめて握られていた。
やがて、廊下の奥に大きな扉が見えてきた。
それが押し開かれた瞬間、天井の高い広大な空間が視界に広がった。
壁には絵画が並んでおり、床には深い赤の絨毯が奥まで伸びていた。
天井の吊り燭台で灯された蝋燭がゆらりと揺れ、絵画の額縁に柔らかな光を落としていた。
その先――
一段高い場所に、重厚な椅子。そこに、男はいた。
「よぉ旦那、捕まえたぜ」
前を歩く男の声が響く。
次の瞬間、ロイとサグロスは床へと突き飛ばされ、そのまま背中を押さえつけられた。
「面をあげよ」
ゆるやかな声が、謁見の間に落ちた。
二人は押さえつけられたまま、顔だけを上げる。
椅子に身を沈めた若い男が、顎をわずかに上げ、こちらを見下ろしていた。
整った顔立ち。
落ち着いた目つき。
仕立ての良い衣をまとった体はゆったりと大きく、椅子の肘掛けに置かれた腕も太い。白い指には大きな宝石の指輪が光っていた。
サグロスが鼻で息を吐く。
「グランヴァル男爵のご子息様が、俺たちに何の用ですかね?」
「口を慎め」
低い声が、静かに響いた。
「誰に向かって口を利いている。身の程を弁えろ」
サグロスは何も言わず、男を見据えた。
「我が名はエルディオ・グランヴァル」
ゆったりと椅子にもたれかかりながら、男は言う。
「父上は今、王都にて多忙。ゆえに不在の間、この地の統治は我が預かっている」
サグロスは、ほんのわずかに眉を上げた。
(男爵らしくないやり方だと思ったが……そういうことか)
エルディオは言葉を続けた。
「立ち入りを禁じられたラグノアの森への侵入。そして――北の地で発見された後、行方が知れなくなった英雄の武具」
視線が、二人の間をゆっくりと移る。
「それを貴様らが所持しているという事実。すなわち、武具の窃盗の疑い」
指先で、肘掛けをとん、と叩く。
「加えて、我が街の往来にてコルディアを用いた無断戦闘。その結果、街に混乱を招いた。そして数日前――沖で発生した大波。あれで旅船や漁船も被害を受けたと聞く」
エルディオは鼻で笑った。
「……偶然とは思えぬな」
その目が、冷たく細められた。
「――貴様らには、その罪に相応しい裁きを下す」
パチン、と指が鳴らされる。
「その者らのコルディアをよこせ」
二人の前にいた男が、アルスレアとサグロスのコルディアを差し出した。
エルディオはまずサグロスのものへ視線を落とした。
指先でつまみ上げ――ふん、と鼻を鳴らすと、そのまま床へ放り捨てた。
ガシャッ。
乾いた音が、広い謁見の間に響く。
サグロスの目が、わずかに細くなった。
エルディオは床に転がったコルディアには一瞥もくれず、視線をアルスレアへ向けた。
「素晴らしい……これが、かの英雄オルセリアの武具か」
アルスレアをゆっくりと拾い上げる。
「……おお。実に美しい」
ゆらりと揺れる七色の輝きに、目を見開いた。
「こんな輝きは見たことがない」
周囲へ見せつけるように、アルスレアを高く掲げる。
「はははは! 見よ! この七色の輝きを!」
高らかな笑い声が、謁見の間に響いた。
「ようやく――」
その瞳が爛々と輝き、喜びに口元が歪んだ。
「正当な使用者である我の元に来た!」
だが、その瞬間――。
ロイの胸に、ぞくりとした違和感が走った。
(……あれ?)
さっきまで胸の奥に流れ込んでいた、あの温もりが、冷たく変わっている。
光が、薄い。呼吸が、合わない。胸の奥がざわざわと騒ぐ。
嫌な感じだ。言葉にならない、拒絶の気配。
――アルスレアが、拒んでいる。
ロイの喉が、ごくりと鳴る。
エルディオは気づいていない。ただ、うっとりとした表情で手の中のアルスレアを見つめている。
静まり返った謁見の間で。
七色の輝きが――わずかに、歪んだ。




