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アルスレア  作者: ゆきつき
第五章 フルーヴェル

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覚悟の刃


月明かりは、建物の隙間に細く落ちているだけだった。


サグロスは壁際を選び、影から影へと進む。

ロイは黙ってその背を追った。


ミーオは鳴き声も上げず、二人の後ろを同じ高さで滑るように飛んでいた。


細い路地の先に、小さな広場が見えた。

二人は路地の影に身を潜めたまま、その静かな空間を窺った。


月明かりが広場に淡く降り注ぎ、中央には古い石造りの井戸があった。

水面は揺らぎ一つなく、月を静かに映していた。


「このままここを抜けて街の外へ出るぞ」


サグロスが前を見たまま小声で言った。


ロイは小さくうなずいた。胸の奥にはまださっきの騒ぎの余韻が残っていた。アルスレアの重みが、いつもよりも強く感じられた。


二人が路地の影から出た瞬間――


「ぴゃっ!!」


鋭い鳴き声に、反射的に振り返る。


黒い影が、月を裂いて落ちてきた。

頭から布を被り、マントをまとった人影。


「!」


振り下ろされた踵。


ロイは咄嗟に身を引き、後方へ跳ぶ。


踵が石畳の直前で勢いを殺し、着地した刹那――

一気に距離を詰めてきた。


――速い。


踏み込みの勢いを乗せた拳が突き出される。


ロイは咄嗟に両腕を交差し受け止めたが、勢いを殺しきれずそのまま石畳を転がった。


「チッ!」


サグロスはベルトから針を抜き、弾いた。

銀線が月光を裂く。


襲撃者はわずかに体を傾け、それをかわすと、サグロスには目もくれず、さらに前へ。


転がったロイとの距離を、再び詰める。


石畳に手をつき、ロイは跳ね起きた。


振り抜かれた拳が頬をかすめる。


間髪入れず、蹴りが来る。


相手は迷いがない。

躊躇もない。

拳と蹴りの激しい連撃が雨のように降り注ぐ。

ロイは必死にかわし、転がり、距離を取ろうとする。

だが――追いつかれる。

踏み込みが鋭い。


「くっ……!」


追い詰められた瞬間、ロイはポケットに手を差し入れる。


蒼白い光が夜を裂いた。


だがその刹那、襲撃者の足元が赤く光った。


「――っ!」


炎を纏った蹴りが弧を描き、蒼白の刃と衝突する。


刃越しに、じり、とした熱が腕を走りロイの身体が弾かれた。


「チッ、コルディア使いか!」


サグロスが舌打ちした。


(しかもこいつ、体の使い方が素人じゃねぇぞ。戦い慣れてやがる)


石畳に靴底をこすりつけながら、どうにか踏み止まる。

再び迫る炎の蹴りをアルスレアで受け止める。


だが――攻撃できない。


(この人、強い! 攻撃しないと、俺がやられる。けど、もし当たったら……)


人だ。

刃が当たれば――


殺してしまうかもしれない。


ロイを縛り続けるその躊躇が、刃を鈍らせていた。


その隙を突かれ、炎を纏った蹴りが叩き込まれた。


「ぐっ……!」


ロイの体が吹き飛ぶ。


その様子にサグロスは眉をひそめた。


森の時よりも動きに鋭さがない。

それと、倉庫の影でのあの質問――


「おい! 躊躇してっとやられるぞ!」


水を纏った槍が炎の蹴りを受け止めた瞬間、蒸気が弾け、白煙が広がる。


二人の距離が大きく強制的に開いた。


「こんなことで揺らぐ覚悟で何が守れる!」


ロイの心臓が、強く跳ねた。


「……!」


覚悟。


守ると決めた。逃げないと決めた。


ロイは息を吸い、立ち上がる。

蒼白の光が揺れる。


襲撃者はサグロスの水の槍を掻い潜り、再びロイに迫る。


高速で繰り出される蹴りを必死にかわし、防ぐ。


体勢を崩されながらも、止まらない。


守るだけだった刃が、初めて前へ出た。


蒼白の光を纏った刃と炎を纏った蹴りが正面からぶつかり合う。

衝撃でロイの腕が跳ね上げられる。

その勢いに乗ったまま襲撃者の身体が低く回転し、次の踵蹴りが炎の円を描きながら迫る。


当たる――


そう思った瞬間、襲撃者は弾かれたように横へ跳んだ。

石畳を叩き割るようにサグロスの槍が振り下ろされた。


「クソッ」


ロイは踏み込み、斬りかかる。


自分ができることを全部出し切るように、アルスレアを振るう。


だが襲撃者はかわす。

そして、一瞬の隙を見て蹴り込んでくる。


光と炎が衝突し、火花が夜に散った。


蹴りが飛ぶ。

刃が受ける。

炎が弾け、光が押し返す。


逃さず、水を纏った槍が横から打ち込まれる。


赤、青、蒼白が交錯し、夜気が焦げる。


三つの影が絡み合う。


ロイはアルスレアを振るいながら、魔力をさらに込めた。


蒼白の光が剣を包み込み、それに応じて強さを増していく。


襲撃者が距離を取った瞬間、ロイは力強く石畳を蹴り、突きを放った。

だが、襲撃者はわずかに顔をずらし、それをかわした。


アルスレアがわずかに脈打った。


「――弾けろ!!」


夜が白に塗り潰される。


襲撃者は咄嗟に横へ飛び退く。


だが至近距離の閃光が視界を焼き、動きが一瞬止まる。


その隙を、サグロスは見逃さなかった。


素早く背後へ回り込み、腕を首に絡ませ、締め上げる。

     

「っ!」


「このままおねんねといこうぜっ!」


襲撃者の肘がサグロスのみぞおちにめり込む。

締め上げていた腕が緩んだ。


「ぐっ、こいつ!」

サグロスは逃すまいと咄嗟に手を伸ばした。


マント越しに柔らかな感触を掴む。


「……ん?」


次の瞬間、腕を掴まれ、勢いよく肩越しに投げ飛ばされた。


視界が反転する一瞬の間に、サグロスの指先が襲撃者の頭を覆う布を引っかけた。


布が宙を舞った。


石畳に叩きつけられるサグロス。


「!? サグロス? 大丈夫か?」


ロイは目元を押さえながら叫んだ。


起き上がりながら、サグロスは自分の手をじっと見た。


「……想定外だな」


「……何が?」


宙を舞った布が、ぱさりと石畳に落ちる。

ロイは音のした方へ視線を向けた。


その向こうに立つ襲撃者の輪郭が、ぼやけた視界の中でゆっくりと焦点を結んでいく。


オアシスの水面を思わせる青い瞳。

肩のあたりでふたつに結ばれた、鮮やかなオレンジ色の髪。


少女だった。


(女の人!?)


「こんなところに砂漠の民がいるとは珍しいな」


「砂漠の……民」


「目的は何だ? 金か? それとも貴族への媚売りか?」


青い瞳が、サグロスを射抜く。


「……誰がそんなもので動くか。バカにするな。その神話の武具は危険なものだ。素人が扱っていいものじゃない。然るべきところで管理されるべきだ」


サグロスが鼻で笑う。


「そんなことを言って、お前自身が欲しいんじゃないのか? こいつがあれば、軍との抗争を有利にできるしな」


空気が張り詰める。


「ま、待ってください!」

ロイが慌てて声を上げる。


「アルスレアは危険なものじゃないです! 確かに俺は上手く力を使えないですけど……」


「それには異様な気配がある。それだけで十分だ」


冷たい視線。


「砂漠の民と話なんて時間の無駄だ。頭の硬い連中だからな」

サグロスが吐き捨てる。


「相手のことをよく知ろうともせずに、勝手に決めつけるのはよくない!」


ロイの声が響く。


その言葉に、サグロスの肩がぴくりと揺れた。


眉間に皺が寄る。


「お前の頭はお花畑かよ。それができていたらな、世の中に争いなんて起きやしねえよ」


「歩み寄ろうと努力もせずに、諦めるなよ!」


サグロスの目が、鋭くなる。


「……綺麗事ばかりほざく口だな。反吐が出る」


少女は、黙って二人を見ていた。


青い瞳が、わずかに細められる。


そのときだった。


風を裂く音が、背後から迫った。


ロイが振り返るより早く、黒い鎖が二人の体に巻きついた。


「!?」


そのまま力任せに地面へ引き倒された。


「がっ……!」


鎖が二人の体を締め付け、身動きが取れない。


(クソっ、油断した……!)


その瞬間。

さらに重い力がのしかかった。


見えない圧力が、二人の体を石畳へ押し潰す。


「……っ!」

肺の空気が一瞬で押し出され、息が詰まる。


靴音が近づく。


迷いのない足取り。

ロイの視界の端に、大きな影が落ちた。


目を向けると、岩のような体格の男が立っていた。


そのとき、井戸の影から小さな影が飛び出した。

口元に、赤い光が灯る。


だが次の瞬間、乱暴に麻袋が被せられた。


「ぴゅぎゃーーーっ!!」


袋の中で暴れる音が響く。


「こいつ、大人しくしろ!」


「ドラゴンなんて珍しいよな。へへ、売ったらいくらになるかな?」


坂の上にいた連中が、広場へ姿を現した。


そのうちの一人が、ロイの前でしゃがみこんだ。


「さっきはよくもやってくれたな。クソガキ」


圧力に押さえつけられたまま、ロイは男を見返した。


男は鼻で笑う。


すると、鎖を握った男が口を開く。


「男爵の下へ連れて行く。手柄は捕まえた者でいいな? 女」


「勝手にしろ」

少女は視線も向けず、淡々と言った。


月が雲に隠れ、広場の影がゆっくりと深くなった。


井戸の水面の月も、静かに闇に沈んだ。

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