幼児と被害者
ロイが目を覚ましたとき、まず目に入ったのは――
限界まで不機嫌そうなサグロスの顔だった。
「よ・う・や・く起きたか、寝坊助野郎っ」
ゆらり、とサグロスが立ち上がる。
「っ!?」
反射的に跳ね起き、ロイは周囲を見回した。
夜の闇はすっかり消え去り、木々の隙間から差し込む光はすでに強い。
朝のひんやりした空気というより、昼に近い生温かさが森を満たしていた。
「おっ、おはよう……ございます」
「おはようじゃねーわ! とっくに昼時だ!!」
サグロスは近づくと、ロイの額を小突きながら文句を言った。
「ご、ごめんなさいっ!」
二人が小さく揉めていると、外で草を踏む音がした。
顔を覗かせたのはレイドだった。
その肩には、ミーオがちょこんと乗っている。
前脚には、森で拾ったらしい果実を大事そうに抱え込んでいた。
「何を仲良く騒いでいる?」
「仲良くねーわ!!」
「お、おはようございます……」
ロイの声は、少しだけ小さかった。
レイドは二人を一瞥し、淡々と告げる。
「よく眠れたようだな。腹ごしらえをしたら、すぐに出るぞ」
「……はい」
ロイはしゅんと頷いた。
⸻
三人は、森で見つけた安全な食べ物を軽く口にすることにした。
乾いた木の実、甘酸っぱい果実。どれも素朴な味だ。
その中で、サグロスだけが一瞬、視線を留めた。
口角が、わずかに吊り上がる。
「なあ」
「はい?」
「これ、食ってみろよ。うまいぜ?」
差し出された鮮やかな黄色い果実を、ロイは疑いもなく受け取った。
「ありがとうございます」
そして、ぱくりと口にする。
「……本当だ。これ、すごく美味しいぴょん」
「……」
沈黙が落ちた。
(……ぴょん?)
ロイは今しがた口をついた言葉に、妙な違和感を覚えた。
「……なんだこれぴょん」
レイドの視線が、ゆっくりとサグロスに向いた。
無言のまま、ロイが食べた果実を確認する。
「……サグロス」
「……っぶ、はははは!」
堪えきれず、サグロスが腹を抱えて笑い出した。
「さっき、チビドラゴンが持ってたやつだよっ」
「ひっ、ひどいぴょん!」
ロイは叫んだ直後、はっとして両手で口を押さえた。
レイドは溜息をひとつついた。
「命に関わる毒ではない。少ししたら、効果もなくなるだろう」
そう言って、立ち上がる。
「……さあ、行くぞ」
笑い転げるサグロス。
耳まで真っ赤に染まり、俯くロイ。
そしてミーオはサグロスの前に立ち、毛を逆立てて小さく唸っていた。口の奥にはちろりと小さな火が灯っていた。
⸻
三人と一匹は、森の外れを目指して歩き出した。
歩みを進めるうちに、葉越しに落ちる光が斜めに差し込むようになっていた。
道すがらサグロスは目につくものを次々と手に取っていった。
足元に落ちていた枝や木の実を拾い上げ、茂みから突き出ていた花をもぎ取り、草も気が向くままに引き抜いていく。
「人がいないせいで、宝の山だな!!」
ミーオもそれを真似るように、花や石を前脚で掴んでは持ち歩く。
サグロスのそばには近づかず、振り回したり転がしたりしながら楽しんでいた。
少し離れたところから、その様子を眺める二人。
「……幼児だろ?」
「……はい」
ロイは遠い目をしながら小さく頷いた。
すると、ミーオが近くの木へと軽やかに飛び移った。
枝先に実る、青紫の果実――
「おいっ! それはソポルの実だぞ!」
だがミーオは気にした様子もなく、皮ごとがぶりとかじる。
種だけを器用に残しながら、一個、二個と平らげていった。
サグロスは、その光景を前に言葉を失った。
「……」
「俺が食べたときも、こんな感じでしたよ」
ロイはサグロスに歩み寄り、そう声をかけた。
それを見て、レイドも近づいてきた。
「ドラゴンにとっては、ソポルの実はただの果実……なのか?」
食べ終えたミーオは、ぴょんとロイの腕に飛び込むと――
「げぷっ」
大きなゲップを一つして、そのまま丸くなって目を閉じた。
小さな体がゆっくり上下し、安らかな寝息が漏れ始めた。
三人は、眠り込んだミーオをしばらく無言で見つめていた。
「ソポルの実のせい……ですか?」
「いや……満腹で眠くなっただけのように見えるが……」
レイドが低く言った。
それまで黙っていたサグロスが、ふいに視線をロイへ向けた。
「いいか」
その声は妙に静かだった。
「今後、このチビドラゴンが食ってるもんを“安全”だと思って、絶対に食うな。いいな?」
「……そうですね」
ロイは、素直に頷いた。
森は、人の騒ぎなど意に介さぬ様子で、静まり返っていた。




