表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/32

28 飴玉

28 飴玉


 おばあちゃんの死に不審なところはどこにもなかった。だが、ぼくの心のどこかに引っかかっていることがある。おばあちゃんの死を看取ったよぼよぼの医者が、一瞬「おやっ」と顔を歪めたのを、ぼくは見過ごさなかった。老医者はすぐに気を取り直して「心不全です」と言って、事を荒立てることはなかった。しかし、もしかするとおばあちゃんの死は自然死ではなく、何らかの手違いによる事故死だったのかもしれないし、誰かに殺されたのかもしれない、という疑念がぼくの頭をよぎった。

 おばあちゃんは日に日に弱っていったが、それかと言って、昨晩の様子ではこんなに急に亡くなる気配はなかったように思う。気配はなくても、人の命は蝋燭の火のように突然消えることがある。そうしたことは、神のみぞ知ることなのだ。なかなか死なないおばあちゃんを見て、誰かが自分の意志で計画的におばあちゃんを殺したのかもしれないし、突発的に殺意が沸き起こったのかもしれない。おばあちゃんの、一日も早い死を願っていた者によって・・・。

 おばあちゃんが自殺した? 最近、この家の住人が増えたので、自分の存在に引け目を感じるようになったのかもしれない。でも、そんなことを考えることができるほどの知能が残っていただろうか。それに、たとえ自殺を企てたとしても、今更首を吊ったり濡れた手ぬぐいを台所から持ってくる体力は残っていない。おばあちゃんが誰からの介助もなく、一人で自殺ができるなんて考えられない。

 口を濡れ手ぬぐいで塞いでも、おばあちゃんは自分で取り除くことができないので、簡単に殺せただろうし、何かの毒を盛ってもそれで終わりだ。犯人は家の中にいる。だが、この家のメンバーの中で、おばあちゃんを殺して利益がある者がいるだろうか?

 もしおばあちゃんを殺すとしたら、誰が見ても、一番怪しいのは富田だ。富田は以前人を殺したことがあると言っている。だが、富田は別におばあちゃんの介護をしていたわけではないし、彼女の存在で何の不利益もこうむってはいなかったはずだ。不利益があるとしたら、おばあちゃんが生きている間は、少なくともこの家を立ち退くことはなかったので、ぼくを立ち退かせるために殺したのかもしれない。でも、最近は立ち退けとは言わなくなっていた。彼なりにこの家の居心地がよくなっているようだ。彼の息子の隼人もこの家が気に入っているようだ。三枝さんが隼人の世話をよくしている。隼人は三枝さんによく懐いている。

 富田は「うんちが臭い、うんちが臭い」と毎日ぶちぶちと言い続けていたくらいだから、便臭から逃れるためにおばあちゃんを殺したのかもしれない。富田におばあちゃんの下の世話をさせたことがないし、匂いにも少しずつ慣れてきたはずで、ただ口癖になっていただけなのかもしれない。

 三枝は、おばあちゃんの介護という名目で、この家に住み続けている。おばあちゃんがいなくなると、この家に住み続ける理由がない。それとも三枝は、介護が負担になってきたのだろうか。彼女からそんな素振りは微塵も感じたことはなかった。

 美由がおばあちゃんを殺すことだってありうるだろう。これから何年もおばあちゃんが生きていたら、彼女だっておばあちゃんの下の世話をしなければならない日が来る。バラ色の新婚生活が糞尿にまみれたものになることを想像したら、おばあちゃんを殺したくなっても、何の不思議でもない。しかし、ぼくの知る彼女は、殺意を抱くような恐ろしい女性ではないし、もし万が一それほど行き詰っていたなら、実家のお金でおばあちゃんを有料老人ホームに入れることだってできたはずだ。何て言ったって、ぼくと別れればすべてか解決したはずだ。彼女が殺すことは毛頭考えられない。

 第三者から見ると、一番疑わしいのはぼくのはずだ。他の連中はおばあちゃんの世話をする義務はまるっきりない。それほど追い詰められていたのならば、おばあちゃんとぼくをおいてこの家から出て行けばすべてが丸く収まるはずだ。ぼくだけはそういうわけにはいかない。恩義のあるおばあちゃんをこの家に一人残して、出ていけるわけがない。そんなことをしたら、ぼくは人非人だ。

 だけど、そろそろおばあちゃんの世話をするのも相当心労が溜まってきた。ふと、やましい考えが浮かんできても、不思議ではない。「おばあちゃんも死ぬことを望んでいるんだ」と自分を正当化することだってできただろう。もしかしたらおばあちゃんと無理心中を計って、自分だけ死ねなかった、ってことだってあるだろう。だけど、ぼくは殺していない。これだけは断言できる。

 我家に定期的に来てくれていた医者が、おばあちゃんの最後を確定したので、警察沙汰にはならなかった。医者が定期的に来ていなかったら、遺体は不審死として検視に回されていたかもしれない。すると、医者が定期的に我が家に来るように仕向けた人間が犯人かもしれない。ぼくだろうか? いや、そんな頭は働かなかった。三枝が来る前から定期的に医者が来ていたから、三枝でもない。むろん富田であるわけがない。美由か? いや、美由でもなかったはずだ。そうだ、あれは勇太だった。勇太が医者に定期的に来てもらって訪問診療を受けた方が良いと提案してくれた。そして彼がどこかからおばあちゃんよりも年齢が上ではないかと思うような、よぼよぼの医者を見つけて来た。おばあちゃんとこの医者のどちらが早く亡くなるだろうと思っていたら、医者の方が生き延びた。

 どうして勇太がおばあちゃんを殺す必要があったのだろうか? 彼が三枝と肉体関係にあることは、ぼくと美由はもちろんのこと、富田だって知っている。三枝をおばあちゃんから解放してやりたくて、勇太が殺したのか? それに勇太はぼくと芸能界にデビューすることを願っている。ぼくと一緒にデビューすることは三枝に否定されていたが、ぼくのサポーターとしてなんとかぼくの周りで生き残ろうと考えている。

 すでに町役場の一次試験に落ちたことがわかり、彼の父親は大学に成績の開示を求めて東京にやってきた。そして、今年度に卒業できないことが判明した。父親は激怒して、大学をやめてすぐに実家に帰ってくるように勇太に迫った。だけど、勇太はぼくのコバンザメになって東京に残ることを考えている。こうした緊迫した状況により、勇太がおばあちゃんの殺害に至ったのかもしれない。そうだとしても、勇太が3年前に老医師を紹介してくれた時点で、おばあちゃんの殺害を考えていたとは到底思えない。あれはただの親切心からだったことは確かだ。

 勇太がおばあちゃんを殺したからと言って、ぼくと一緒に芸能界の仕事ができるとは限らない。そのカギを握っているのは、ぼくではなく三枝だからだ。三枝は勇太の音楽的才能を見限っている。芸能界には向いていないとさえ思っている。勇太はぼくの傍にいても東京に残ることはできないかもしれない。だけど、三枝は勇太の才能がないのはわかっていても、なんとかして勇太を支えて行こうとしている。

 勇太は彼女と肉体関係を結んでからは、彼女に付きまとっている。二人は離れがたい関係になっているようだ。

 それでは、おばあちゃんの死は自然死だったのだろうか? ぼくの貧困な妄想は、この程度で終わった。

 おばあちゃんの死の真相はこうである。隼人が自分の持っていた飴玉をおばあちゃんの口の中に入れ、そのせいでおばあちゃんは呼吸困難で亡くなったのだ。

 早朝、慎吾が新聞配りに出かけ、三枝が台所に立ち、勇太がトイレに入っている間に、おばあちゃんの口に隼人が飴玉を入れた。おばあちゃんは痙攣したが、声を上げることはできなかった。

前日、隼人は富田からパチンコの景品の大きな飴玉の入った袋をもらい、「みんなに配ってこい」と言われて、隼人はみんなに配って回った。その時、おばあちゃんが居間にいなかったので、配ることができなかったのを、隼人はずっと覚えていたのだ。

 隼人はおばあちゃんに「おばあちゃん、飴美味しい?」と訊いた。隼人は何の反応もない彼女の口から布団の上に零れた飴玉を拾って、自分の口の中に入れた。隼人がこうした行為に及んだのは、もちろん特別な意味があったわけではなかった。

 富田が隼人を使っておばあちゃんを殺す意志があったかどうかは、誰にもわからない。おそらく富田にはそこまで手の込んだ殺人を思いついたりはできないであろう。


    つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ