#24.次期国王の決断
秘書官であるダリアから王国への帰還命令を聞いた時、コーネリウスは失意の底に沈んだ。
「そうですか......僕は兄上こそ、この国の王たる器だと思っているのに......」
項垂れる彼の隣でメイドに荷物の整理を指示つつも、帰国にあたり必要な書類を作るダリアは目も上げずにはっきりと口にした。
「私は前々から、殿下こそ王に相応しいと思っておりましたがね」
「ジェイドが聞いたらまた怒り出しそうな発言だね......」
彼女の言葉に、コーネリウスは弱々しく苦笑する。お互いにこの国の王子達の側近として就いているジェイドとダリアは、顔を合わせる度に言い争いに発展する。お互いに同年齢で秘書官になったのも同じである彼らは、ライバルであった。幼い頃はよくダリアにもっと欲を持てと怒られたものだ。
自分が物心ついた頃から、既に次期王として皆を引っ張っていく兄の姿をみたとき兄に憧れ、また兄のために隣で支えられるような人間になりたかった。だが、貴族議員の連中が、自分たちに都合がいいように事を運ぶために派閥を作った。しかし、自分には兄のように有事の際に、たとえ己の判断により他の者から非難されようが、民を率いれるような強さはない。
兄上は強かったが、同時に弱さを他人に見せられない人でもあった。唯一心を許していたジェイドにさえ、頼ろうとする事は決してなかった。それでも時々どうしても辛い事があると、兄は弟である自分の部屋を訪ね、そっと自分の膝に僕を乗せて抱きしめていた。僕にビッキーがあるように、兄にとってのビッキーは僕であった。婚約者であるエラ様は兄のように完璧であったから、兄は僕に接するように弱みを見せることはできなかったのだ。
王都へ向かう馬車の中で爽やかな涼しい朝の風を浴びているというのに、コーネリウスの顔は晴れなかった。
隣国から早馬を使い、急いで帰ってきたコーネリウスが謁見の間に入ると既に兄上と父上が居た。謁見の間には少し疲れたような雰囲気が漂っている。
「よく戻ったなコーネリウスよ。此度はお前達の継承問題について報告しよう」
継承問題という言葉にレオナルドはビクッと肩を震わせた。わなわなと震える唇が王が発する言葉を予感させる。
「コーネリウスよ、これよりお前に第一継承権は移る事になる。そしてレオナルドよ、お前からは継承権を永久に剥奪する」
その言葉に、レオナルドは首を垂れた。この発表で正式にコーネリウスが次期国王になる事が決まった。周りのコーネリウス派だった貴族達はこの発表で嬉しそうにざわついていた。コーネリウスは口を開こうとするが、王に手で制される。
「分かっておる、お前が常に兄を支えんとするために頑張っていた事を。しかし、レオナルドが、か弱き女性に剣を振り上げた事実は消せぬのだ」
「では、僕が王になる暁には、兄上を王直属の王国騎士団の団長にしていただけますか......?」
このままでは、レオナルドは遠い僻地に飛ばされるかもしれない。コーネリウスは、それだけは避けたかった。コーネリウスの言葉に不満を唱える貴族も多かった。
「女性に剣を抜いた人間が騎士団長など、示しがつきませんな!」
「騎士として有能なのは、何も彼だけではありますまい」
彼らのいう事も尤もであったが、コーネリウスはこれだけは譲れなかった。
「兄上の剣の強さは皆も承知の上でしょう! その剣をみすみす手放すなど、国のためになりません。国を守る有能な剣は1本でも多い方がいいでしょう!」
彼の言葉に貴族達の声は小さくなった。皆、レオナルドの剣の腕は認めているのだ。コーネリウスの声に顔を上げたレオナルドは、何か憑き物が落ちたような顔をしていた。
「お前はまだこの俺を隣に立たせてくれるというのか......」
「僕たちが思い描いてきた未来と形は変わってしまったけれど、僕は誰よりも兄さんに隣にいて欲しい......」
コーネリウスの言葉に、レオナルドは顔を伏せた。清らかな雫が2つ落ちた後、顔を上げたレオナルドの目には曇りが一切なかった。少し小さいコーネリウスを抱きしめると彼は自分の心と弟の想いに誓った。
「俺がお前を守る剣となり、お前に降りかかる困難は全て俺が排除しよう。この先俺は、国のため、お前のためにだけ、剣を振るうと誓う」
強く抱きしめる兄は昔と変わらず大きく、何よりも頼もしかった。2人の兄弟の行方を見ていた国王も頷き、承認してくれた。
「よかろう。レオナルドよ、コーネリウスの剣として其方の剣の腕を国の為に役立てるがいい」
国王の言葉にレオナルドは膝をつき、頭を下げた。その動作には次期王への未練はなく、その役目の為に捧げられていた。
「仰せのままに、国王陛下!」
次期国王と国王の右腕の誕生に、謁見の間には晴れやかな空気が広がり大きな拍手が鳴り止まなかった。
その頃謁見の間への入室が許されていなかったジェイドとダリアは、2人で主人の帰りを待っていた。少し下を向いたダリアの表情は、肩のあたりでザックリと切り揃えられた彼女の赤みを帯びた茶髪に隠れて見えない。
「ねぇ、あんたの仕えてる馬鹿王子これで飛ばされちゃうんじゃないの......」
「お前はまた......レオナルド殿下と呼べ、不敬だぞ! ──まぁでも、実質そうなる可能性は高いな」
いつものように言い返す事もせずに、ジェイドはダリアの意見に賛成した。その言葉からも彼の決意が見える。彼は今日も滑らかなストレートの銀髪を綺麗に撫でつけ、後ろでゆったりと結んでいた。しかし、切長の目から見える赤い瞳には、いつものように蛇のような狡猾さはなくただ廊下の天井を見つめていた。
「ねぇ、あんたはさ、ついて行く事ないんじゃない? あんたほどの腕前ならコーネリウス様も──」
「俺がつくのはレオナルド殿下ただ1人だ。これからも、そして、この先もな」
コーネリウスの配下に加われば、このまま王宮での安定した仕事が続く。ジェイドの事を心配して紹介してくれていることも分かった上で、ジェイドはダリアに全て言わせなかった。それはジェイド自身のプライドでもあり、またレオナルドへの確かな忠誠心からだった。
「そうか......」
呟いたダリアの言葉を風がすぐに攫っていく。顔を上げたダリアの、節目がちの目から覗く淡褐色の瞳からは何も感情が見えなかった。離れていくライバルへの感情を胸にお互いに少し距離を保ったまま王子を待つ2人が王達の決断を知るのは数刻した後の事である。




