#25.再会
次期王と王の右腕が決まり、謁見の間で拍手がこの国の王子達を包み込んでいる頃、咲とシャロナはハインド領に居た。2人は丁寧に手入れされた庭の東屋で、優しい花の香りに包まれながら談笑したり、エラ特別性の図書室で古い本の香りとともにうたた寝をしたり、シーラも一緒に街に出掛けたりと穏やかな日々を過ごしていた。
その日の夜も図書室で昼寝をしてしまった2人を起こしに、アナがやってきた。暖かく美味しい紅茶を淹れ、2人の目を覚ましていた頃、突如轟音が鳴り響き、屋敷が揺れた。テーブルにあった高価な茶器が、音を立てて床に叩きつけられる。アナが咄嗟に2人をエプロンで覆ったので怪我はなかったが、揺れが激しく立てない。
やっと揺れがおさまり、皆が立てるようになると屋敷の中は被害の点検で大忙しだった。一体どこに隠れていたのか、いつも見かける数倍の人数のメイドが行き来をし、廊下はごった返していた。アナはとりあえず屋敷中に張り巡らされた伝声管を使い、ジェイコブ公爵達に咲達の無事を伝えた。
この轟音と揺れに覚えのあったアナと咲は顔を見合わせると、シャロナを引き連れエラの自室へ行く。そこには一切の光も届かない真っ黒な穴がある──はずだったがそこにあったのはどこからかプロジェクターで映し出したように女性の顔が2つ映っていた。
1人はタレ目で可愛らしい大きな目をした女性で、明るい茶色の髪ふわふわとしたハーフアップミディアムにして驚いた顔をしている。
もう1人は真っ黒な髪の毛をバッサリとショートカットにし刈り上げてある。時折チラチラと真っ青なインナーカラーが見え、きつめに釣り上がった目からはダークブラウンの瞳が見える。
咲にはその顔に見覚えがあった、というよりその顔は元々20年ほど咲が鏡の中で見ていた、咲そのものであった。まるで鏡のようなのに、向こうにいる自分は固まっている咲とは違い、ビデオ通話をする時に映りを確かめているような動きをしている。
不思議な気分で自分が動くのを見つめていると、部屋の中に浮かんだ咲と目が合った。目の前の自分はそんな表情が使えるなんて20数年かけても咲が見つけられなかったような、人々を魅了するような妖艶な表情をしていた。目にかかった前髪をサラッとかき上げながら、フッと笑う表情から3人とも目が離せずにいると話しかけてきた。
「あら、今度は成功。ちゃんと繋がったみたいね」
たしかにその顔は咲のものであったし、声もハスキーで低い声ではあったのだが、使う者が違うとなんとも別人のような色気があった。
「初めまして、あなたが咲? って言ってもその身体は私なのだけど、私が元エラ・ハインド公爵令嬢よ」
彼女の笑い方は咲が今までしたことのない、エラ・ハインドのものだった。
エラの自室で薄ぼんやりと浮かぶ2人の女性の顔の前に咲達3人に加え、ハインド夫妻にシーラまで駆けつけていた。ちょうどシーラもカールと共にハインド領へ遊びにきており、すぐ近くの街に泊まっていたので知らせると、慌てて駆けつけてくれたのだ。皆、エラと言われても全く別人の顔をしているためか、なんと声をかけたらいいか分からず、まるでテレビを見ているかのようにただただ凝視している。
「改めて元エラ・ハインドの私は今、この可愛らしい由愛と共にこちらの世界で暮らしているわ」
向こうの世界のエラが話し始めたので、皆目を瞑ったりしてエラを想像しようとしているが、全く違う声のせいで失敗しているようだ。シーラでさえ、まるでロダンの考える人のようなポーズをしている。
「まずはお母様、お父様。そしてアナ、シーラも。何も言わずにそちらの世界を離れた事、本当にごめんなさい......」
「エラ、やっぱりあなたなのですの......?」
シーラは口を開くと、思わず一歩前へ出そうになるのをグッと堪えた。シーラを見つめるエラの瞳は、昔の想い人を見るものだった。あの頃と同じように愛情を向けてくれているが、その意味が変わってしまった事にシーラも気づかないわけではなかった。溢れそうな様々な想いをギュッと堪えるとシーラは優しく微笑んだ。
「あなたとまた話せるなんて......うれしいですわ。こっちにいた頃よりずっと幸せそう──」
「実は、妃教育もなくて私の事を誰も目で追わないこの世界がすごく落ち着くの......」
やっと王族からのしがらみから逃れられた娘を見て、ハインド夫妻もホッとしたようだった。
「エラは今、咲さん、なんだね? なんだかあまり実感がわかないんだが、それでもお前が幸せそうで私達はなによりも嬉しいよ......」
「ええ、本当に。エラったらそちらの世界がすごく楽しいのね。伝わってくるわ。それで、お隣の可愛らしいお嬢様はどちら様なのかしら?」
興味津々という風に目を輝かせるイザベラに見つめられて、由愛は顔を赤くした。
「そんな! 私、お嬢様なんて言われる人間じゃなくて! その、今エラさんと同じ家で住んでいる、高木由愛と言います。 お嬢様のことは心配なさらないでくださ──」
「何よ、由愛ったら。いつもみたいにエラって呼んでくれないの?」
途中から口を挟むエラにくっつかれて、顔を真っ赤にして怒っている。長年一緒にいた咲にはわかる、あれは怒ってはいるが、9割は恥ずかしさからくるものだ。
「もー! 今大事な話をしてるでしょ!」
ふわふわとした感じのまま怒る彼女を、エラは愛おしそうに見つめている。ひとしきり見つめた後、エラはアナに目線を移した。
「まずは、全てあなたに押し付けて本当にごめんなさい。私の願い通り、咲のためにありがとうね。アナ、私あなたの作った紅茶が飲めないのが寂しいわ」
彼女の言葉にいつも表情を崩さないアナは、フッと優しく笑った。
「私はエラ様と咲様のメイドです。エラ様がこちらに帰ってきた際は、いつでも紅茶を淹れさせていただきますよ」
帰ってくる場所はここにもちゃんとあるというように笑うアナは、エラの幸せそうな顔がなによりも嬉しいようだ。アナと微笑み合っていたエラと目が合う。真剣な表情のまま彼女は、私に問いかけた。
「ねぇ、咲。あなたは元に戻れるとしたらどうする?」




