#23.国王との別れ
体調が悪くなった貴族議員達が退出するため、国王との謁見は中断された。再び謁見の間に入るとそこに王国騎士団長であるカールと婚約者であるシーラ、そしてレオナルド王太子殿下も揃っていた。
咲に対して露骨に顔をしかめるレオナルドに見向きもせず、咲とシャロナは王の御前へ進み出た。
「父上、なぜこの女がシャロナといるのでしょうか? シャロナと私の婚約はまだ進めていただけていないのですか?」
一体卒業パーティーで何を聞いていたのか、レオナルドが頓珍漢な事を国王に聞いている。聞かれた国王もまさかそんな言葉が息子の口から出るとは思わなかったようで、呆れたように眉間を押さえため息を吐いている。
「いいか、レオナルドよ......シャロナ・デルフィーヌ殿下は既にエラ・ハインド公爵令嬢とご婚約をなさっているのだよ......お前も耳にしたはずだが?」
「はい、存じております。ですが、シャロナ嬢は王族です。王族ならば国の為に、隣国にあるキングストン国の第一王子である私と結婚するのが彼女の努めでしょう」
淡々と自分の考えが間違っていないというように語る彼が、もはや何を考えているのかよくわからなかった。
「それなら何故ご自分はこの国の最大の領地を持つハインド家のエラ様を捨てたのかしら......」
理不尽なレオナルドの考えにいち早く腹を立てたシーラが呟いた言葉を、彼は聞き逃さなかった。彼女の方を見ると小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「フンッ......これだから何も分かっていない人に口を挟んでもらいたくないんだ。領地など後でなんとでも理由をつけて取りあげればいいのだから関係ない。ただ自分の知識をひけらかすだけの女など俺には必要ないのだよ」
レオナルドの言った言葉に、オリヴァー国王は顔を強張らせた。周りで聞いていた貴族達も鋭い視線をレオナルドに向けている。
「お前はそれをハインド家が受け入れるとでも? ハインド領はこの国で1番領民の生活水準が高く、皆ハインド公爵を慕っているのだが」
「ハインド家の人間が受け入れるかどうかなど私達には関係ないのでは? 王命は絶対なのですから。領民もハインド公爵を慕っていると言っても、上の人間が誰に変わろうがあいつらは気にしませんよ。たとえ不満が出たとしても何人か捕まえれば大人しくなるでしょう」
彼の言葉は、貴族達と王族に亀裂を入れるものだった。そんな事もわからない彼は、父親の質問に苛立っているようだった。
「お前の考えはわかった......とりあえずこの件はまた後日に改める。お前がシャロナ殿下とハインド公爵令嬢の婚約を認めまいが、もうどうでも良い。これはお前をこのように育てた私の責任でもあるな......」
悲しそうに呟く国王の顔はとても疲れ切っていた。疲れを拭い去るように一度顔を手で覆ったが、すぐに顔を上げ厳しい表情のまま静かに成り行きを見守っている貴族達に目を向けた。
「安心してくれ、そのようなことはもちろんするつもりもない。いや、安心などできまいな。次期王たる人間がこのようでは......しかし、私の目が黒いうちは絶対にそのような事はさせぬ」
レオナルドが口を開く前に彼の側近であるジェイドが口を塞ぎ、青い顔でそのまま彼を引きずり部屋から連れ出て行った。レオナルドはエラを手に入れることで、王座に座ることはほぼ確定されていた。しかし、失態を犯す度に彼への民意が離れぬように動いてくれていたエラはもういない。その事に彼が気づく事はあるのだろうか。
第一王子派の人間は、この事を聞くとまた卒倒する者が現れそうだ。まさか自分たちの見ていないところで、王子自ら後継者争いから退く事になるような軽率な事を言うとは思いもしないだろう。
咲は幼い頃の朧げな記憶の中にいる、第二王子であるコーネリウス殿下を思い出していた。彼は原国王に似て優しく公平で、人の心を掴むのがうまかった。しかし、レオナルドがエラと婚約したことで、第一王子派の貴族議員達は勢い付き後継者争いはすぐに決まった。もしコーネリウスが彼の側にいれば、ここまでレオナルドが暴走することもなかっただろうに。皮肉にも他国へ留学を勧めた第一王子派のせいで、コーネリウスはレオナルドの元を離れる事になったのだ。レオナルドに必要なのはエラではなく、コーネリウスだったというのに。
「シャロナ殿下、ハインド公爵令嬢よ、度重なる非礼を詫びさせてくれ、すまなかった。彼奴も頭が冷えただろうから謝罪の一つでもするかと思えば......気分を害してしまい本当にすまなかった」
あまりの出来事にレオナルドが出ていった扉を見つめていると、急に国王から話しかけられ現実に引き戻された。
「いえ、顔を上げてくださいませ、国王陛下。私達はデルフィーヌ国で式を上げ、そのまま暮らすつもりですから彼と顔を合わすこともないでしょう......」
咲の言葉に国王はホッとしたような顔をしつつも、寂しそうな目をしている。
「君がこの国からいなくなる事は、この国の大きな損失となるだろうな。この国と関係なく私と妻のレイチェルは君が娘になる事をずっと楽しみにしていたから、非常に残念だよ......」
国王であるオリヴァー陛下と王妃のレイチェル陛下は、婚約が決まってからずっとエラの事を娘のように大切にしてくれていた。王族であるため国の事を考えレオナルドとの婚約を命じていたが、エラが幸せでないのなら婚約破棄をした方がいいのではないかとも言ってくれていた。レオナルドは、齢8歳にして巧みにエラとの婚約理由を隠していたため、エラを利用するために婚約したなどわからなかったのだ。国王達がその真意に気づいた時には既に時が立ち過ぎており、エラもこの国の為になるならと婚約の続行を受け入れてくれていた。それならばこの国の妃になる事が一層エラの幸せになるようにと動いていてくれたのに、そんな想いを知らないレオナルドが彼女を一方的に捨てたのである。
彼女達が謁見の間を出る時、開かれたドアから優しい風が吹きこみ彼女達を祝福するように包み込んだ。国王達の2人の幸せを願う想いを胸に、咲達は謁見の間を後にしたのだった。




