#22.隠蔽は許しません
「顔を上げてくれハインド公爵令嬢、シャロナ・デルフィーヌ殿下よ」
シャロン改めシャロナと咲は、キングストン国の国王であるオリヴァー・キングストン陛下の前で頭を下げていた。顔を上げるとデルフィーヌ国の姫見たさに、わざわざ沢山の貴族が顔を出していた。
「此度は息子のレオナルドが、多大なる迷惑をかけてしまいすまなかった。息子や貴族院の者達からも話は聞かせてもらったが、被害者であるそなた達の言葉を聞いておかないのもいけないと思ってな。わざわざここまで来てもらいすまないが、よろしく頼む」
国王の言葉に何人かの貴族が身じろぎする。どうやらなるべくレオナルドの刑が軽くなるように、吹聴している貴族がいるようだ。覚悟を決め、咲は口を開いた。
「それでは、私から事の経緯を話させていただきます。私がこちらのデルフィーヌ国の王女であるシャロナ殿下と踊っていたところ、シャロナ殿下に気があったレオナルド殿下が割り込んできました。シャロナ殿下が自分に気があると思っていたようですが勘違いだとわかり、レオナルド殿下はシャロナ殿下に暴力を振るわれようとなさいましたわ。しかし私が寸前のところで彼を平手打ちした事で、彼女に危害は及びませんでした」
ここで一旦話を切ると、それ見た事かと貴族議員達が騒ぎ出した。王族に手を挙げた事で、反逆罪にでも仕立て上げようと言うのだろう。
「おお! なんとレオナルド殿下に手を上げるとは! 陛下私達が申し上げた通りであります!」
「いくらハインド公爵の娘だからといってレオナルド殿下に手を出すなど許されませんぞ!」
「やはりハインド公爵が領地を持ちすぎているが故、娘まで思い上がっているのでしょう。私は常々領地を取り上げた方が良いと考えておりました......」
欲深い貴族議員達は、口々に好き勝手な事を言っている。普段から妬ましいと思っているが、嫌味の1つも溢せぬほどハインド公爵は力を持っていた。せっかくの機会だと言わんばかりに日頃の鬱憤を晒そうとしている。あまりに聞くに耐えず、咲は声を上げた。
「たしかに殿下に手を上げた私は、国家反逆罪に問われてもおかしくはありませんわ。しかし、たとえ王族の方といえど、私は愛しい人に暴力を振るう事を許す事はできませんわ!」
ざわめいていた貴族院達も、深い紫色の瞳で睨まれると皆口を継ぐんだ。
「その上、私の婚約者であるシャロナは友好国であるデルフィーヌ王国の第一王女になります。知らなかったとはいえ、王族であるレオナルド殿下がもし彼女に手を上げてしまっていたら、それこそデルフィーヌ王国との外交問題に発展するのではないのでしょうか?」
咲の言葉に、先ほどまで威勢の良かった貴族議員達は皆青ざめている。ハインド家が憎いばかりに視野が狭まっていたが、咲の隣にいるシャロナはデルフィーヌ国の第一継承権を持つ者であった。そんなシャロナの前で暴力を止めた咲に反論したのでは、最早デルフィーヌ国の者に対して暴力を振るう事を示唆したととられても仕方ない。
「そこで終われば良かったのですが、レオナルド殿下は私が自分の手に入らなかった彼女を手に入れたことに怒り、剣を抜き私に斬りかかろうとしました。寸前のところで王国騎士団長であるカール様が剣を受け止めてくださらなければ、私はここにこうして立つことも叶わなかったはずですわ......ですから、カール様がレオナルド殿下に向かって剣を抜いた事は罪に問うどころか、褒美を与えるべきことなのです」
咲の言葉にまた貴族員達はざわめきだした。彼が剣を抜いたと言ったところで王様の顔色が変わったところを見ると、多分この部分をはぐらかしていたのだろう。
「陛下! このような娘に耳を貸さないでください! ハインド公爵令嬢は、レオナルド殿下との婚約が流れた恨みから殿下を陥れようとしているのでしょう! 王家の人間が手を上げるだの、剣を抜くなどあり得ません!」
そう言いながら意見をしてきたドブス大臣は、ぐいっと1人の青年を前に突き出した。ちょうどこの間卒業パーティーに出ていた自分の息子である。
「それに私の息子が証人であります! お前はレオナルド殿下が剣を抜いたところを見たか?」
父親の言葉に、息子は申し訳なさそうに口をつぐみ首を降った。ここに来る前に彼に口裏を合わせるように言ったのだろう。ドブス大臣は第一王子派で有名であり、またハインド家を敵視していた。
「見てくださいましたか陛下! レオナルド殿下から振られ王家への道が途絶え、何を言い出すかわからない娘より余程信用があります!」
彼の勢いに便乗して、何人かの貴族も口が軽くなったようだ。
「それに、ハインド公爵令嬢は国内の者としか婚約してはいけないはずです! シャロナ殿下との婚約は無効なのでは?」
「シャロナ殿下と婚約されるのも、レオナルド殿下の方がデルフィーヌ国にもこちらにも喜ばしい事ですから、ハインド公爵令嬢が身を引くのは当然です!」
口々に好き勝手な事を言う貴族達は、剰えシャロナにレオナルドと婚約しろと言っている。もはやシャロナは汚物を見るような目で彼らを見ていた。
また、大臣の言葉に続き第一王子派の人間が皆、自分の子供達を証人にしてきた。その中にはカレロ伯爵の顔もあり、証人として呼ばれたフローレンスは、エラに重い刑が下るのが楽しみで仕方ないというように目が合うとその琥珀色の瞳を嬉しそうに細めていた。
「──まず、ハインド公爵令嬢の結婚に対して私達は口が出せない事は存じているな? 何も罪がないのにレオナルドの気まぐれで婚約破棄したのだから当たり前だ。よってシャロナ殿下との婚約にも我々は口を挟むべきでは無いし、挟めない」
国王の言葉に、何人かの貴族は忌々しげにエラを見ていた。エラがダメになった今、第一王子派は何としてもシャロナと婚約させたいようだ。
「まぁまぁ、そんな事よりも。ハインド公爵令嬢、貴方にはレオナルド殿下が剣を上げた証拠がございますかな?」
シャロナとの婚約も潰れ、いよいよ自分の娘がレオナルドと婚約できそうだと分かり、嬉しそうにそう言ってきたカレロ伯爵の後ろからアナが進み出てきた。いつのまにかメイドが現れた事に皆がギョッとしている間に王前まで来ると、陛下に一枚の羊皮紙を差し出した。それをお付きの者が受け取り、毒が仕込まれてないか入念に調べ陛下に渡した。
「これは一体何なのか説明してみせよ」
頭を下げていたアナは仰せのままにと呟くと、凛と通った声で謁見の間に響き渡るように話し出した。
「こちらは事件があった夜、卒業パーティーにいらっしゃった殆ど全ての方が書いてくださった署名用紙にございます。事件を見ていられた皆さんは、この件を親である方達が有耶無耶になされるのではないかと危惧されており、そこでこちらに証人として署名してくださったのです」
陛下がその羊皮紙に目を落とすと親である者達は皆、自分の子供達に目を向けた。先ほど自分の証言をさせるために連れてきた子供達を怒鳴りつけている者もいる。
「イーサン! どう言う事だこれは! そんな話聞いていないぞ! 俺に逆らうなんてお前は後を継ぎたくないのか!?」
ドブス大臣は声を荒げて、息子のイーサンを怒鳴りつけていた。口の端に泡をつけ声を荒げる様は、まるで貴族の者とは思えなかった。イーサンはどちらかといえば気弱な青年だったが、しっかりと父親の目を見つめて立っていた。自分の策略が失敗になり怒鳴りつける父親に失望の眼差しを向けると、国王に向きなおる。
「陛下! 私が父親から命じられた為に嘘をついた事をお許しください! そちらの羊皮紙に書いてある署名が私達の本当の気持ちなのです! 君もそうだろ! フローレンス嬢!」
イーサンに話しかけられて謁見の間をカレロ伯爵と共に密かに後にしようとしていたフローレンス嬢は目を白黒させている。
「わ、私はその......」
「──どうやらフローレンス嬢の名前はここに無いようだがこれは?」
陛下の言葉に目が泳いでいる。よく見ると何人かの貴族達も居なくなっていた。
「わ、私はそんな紙の存在を知りませんでしたので......」
「ふむ、知らなかったと。では君は我が息子が剣を抜いた様子は見ていないのかね?」
フローレンスはしきりに父親であるカルロ伯爵を見ていたがカレロ伯爵も助け舟が思い付かないようで気づかないふりをしている。
「レ、レオナルド殿下が側を離れた後、私は体調が悪くなった為早めに帰りましたので......見ていません」
「では、その現場を見ていない君は証人になる事はできないであろうな」
国王の言葉に項垂れるフローレンス嬢を、カレロ伯爵は冷たい目で見ていた。実際はその場にフローレンス嬢も居たはずなのだが、ここまで来ると何も知らないフリをするのが1番と思ったらしい。
「ふむ、先ほどドブス大臣に続き、ハインド公爵令嬢の意見に異議を申し立てた者達の名前は既にこちらの書記官に記させている。こちらの件はまた別になるのでまた後日話を伺う事にしよう」
陛下の言葉にドブス大臣含め何人かは顔が青ざめ、へたり込んだり、気を失ったりしていた。




