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37. どうして冒険者になろうと思ったんだ?

 魔術、それは、古くから人間が扱う技術として研究され続けていた。

 古くは、師が弟子に口伝で伝える秘儀として隠匿されてきた。そのため、魔術師の不慮の事故死などによって失伝した魔術が多いといわれている。


 そんな状況を憂い後世へと引継ぐために、魔術師があつまり組織されたのが魔術協会であった。

 魔術は体系化され、今日では一般人でも明りの魔術など簡単なものならば扱えるようになっていった。


 魔術協会は、日々、人間の生活を向上させるために研究・開発にまい進している。

 そして、サウスハイムの魔術協会支部にて、ひとつの研究が実を結ぼうとしていた。


 支部の実験室にて、黒いローブに身を固めた研究員たちが集まっていた。

 そこには支部の人間のほとんどが集まり、それだけ注目度が高いということであった。

 なぜならば、最近発見されたという100年以上の前の魔道書の内容を解明し、再現しようというのだから。魔術に携わるものならば、興奮せずにはいられないだろう。


 研究員たちは中央に置かれた作業机をぐるりと囲み、その中心には一際小柄な少女の姿があった。

 彼女こそが、ほかの研究員にさきんじて魔術の再現に成功していた。

 

 少女は愛用の紅玉の杖を手に持ち、魔力を練り始める。

 そして、杖の先端を机の上に置かれた小箱に向ける。

 

「どうかしら? これで空間魔術がその箱に付与されたはずよ」

 

 一人が丁寧な手つきで、箱のふたを開け中をのぞき見る。

 

「……成功です。確かにこの箱の内部は亜空間となっています!」

 

 途端に周囲はざわめき始めた。


「おおっ!? これで、停滞していた付与魔術の研究が一気にすすむ!」


「あの魔道書がもっと早くに見つかってと悔やまずにはいられませんな。しかし、これは近年まれに見る大発見ですぞ!」

 

 術を施した少女も満足気な笑みを浮かべている。


 しかし、そのざわめきの中に「さすがはグレイシア家」という言葉を聞いたとたん少女オルニス・グレイシアの表情は曇った。

 

 

 *

 

 

 今日はクエストもないフリーな日であった。

 最近は、オルニス抜きでセレナと二人でクエストに出向いていた。

 なんでも、魔術協会に出向き、この間のダンジョンで発見した魔道書の研究をしているらしく、忙しいと聞いていた。

 

 向かった先は、街の外。街を守る城壁をぐるりと回っていった裏手にはめったに人が通りがかることもなく、好きに使える場所で重宝していた。

 魔術の訓練をしようと考えていたのだが、今日は先客がいた。

 

「ずおりゃああああ!」

 

 叫び声の後に、あたりを爆発音が響き渡り、砂埃が舞う。

 

「なにが、グレイシア家じゃあああああ!」

 

 またも叫び声の後に、今度は暴風が吹き荒れ、草木を激しく揺らす。

 

 まるで激しい戦闘がおきたかのように、地面がむき出しになりえぐりとられていた。

 そして、その中心地にたつのはウェーブがかかった銀髪に小柄な体をした少女、オルニスだった。

 

 またも、杖を握りながら魔力を練り始め、魔術を発動させようとする。

 

「よう、オルニス。ひさしぶりだな」

 

「え?」

 

「おい、バカ! 杖をこっちに向けるな」

 

 オルニスが振り向いた拍子に、杖の先端もこちらにむいていた。

 熱線が脇を通り抜けて、地面を穿つ。

 

 慌てて、オルニスが魔術を停止させるが、あとには焼け焦げた地面が見え冷や汗が流れる。

 

「急に声かけないでよね。びっくりするじゃない」

 

「魔術の試しうちするなら、ちゃんと周り確認しろよな」

 

「あんたなら、うちこまれても大丈夫でしょ」

 

「オレをなんだと思っているんだ……」

 

 悪びれることなくオルニスは笑い、ため息を返した。

 

「それにしても、土木工事でも始めるつもりか? こんなに派手に広域魔術ぶっぱなして」

 

「ちがうわよ……」

 

 むっつりと不機嫌そうに黙り込むオルニスは、それ以上はしゃべろうとしなかった。

 

「研究の方はどうだ? 魔術協会の連中とはうまくやれてるか」

 

「……まあまあかな。この前見つけた魔道書があったじゃない? あれには付与魔術についての研究がかかれていてね、いまじゃ知られていない方法からもアプローチしていみたいなの」

 

「あの古い本からそこまでわかるものなんだな。オレが読んでもちんぷんかんぷんだったよ」

 

「あそこの遺跡って個人で付与魔術の研究してた人の住処だったらしいよ。ただ、効果が安定して定着させるようにするところで、足踏みしてたみたい。だけど、その積み重ねは貴重なものだったわ。おかげで、成果も出せたし」

 

 研究内容をしゃべるオルニスは得意気な顔をしていた。錬金術と組み合わせただとか、魔術との親和性がある魔物の素材が重要だとか、早口でしゃべっている。

 頬を上気させながら一生懸命に話すオルニス、彼女にとって研究というもの楽しくて仕方がないらしい。

 

「オルニス、研究はたのしいか?」

 

「うん!」

 

「そうか……。おまえにとっては冒険者よりも、そっちの方が性にあっているんじゃないのか?」

 

「そんなことは、ない! セレナと、あと……、あんたと一緒にいるのは楽しいから」

 

 オルニスは顔を赤らめて気色ばみながらつめよってくる。

 

「おまえさんはどうして冒険者になろうと思ったんだ?」

 

「…………」

 

「魔術学園を卒業したなら、冒険者なんて不安定で危険な稼業なんざやらんでもよかったろうに。実際に見たところ、魔術の腕はかなりのもんだ。いろんな冒険者を見てきたオレが保証する」

 

「……それだけじゃダメなの。わたしの魔術がだれよりも優れているって証明しなきゃいけない。それで、うちの糞オヤジを見返してやるんだ。だから、冒険者で最強を目指すの」

 

 オルニスの父親ということは、魔術の名門グレイシア家の当主ということになる。

 そんな人間とどんな確執があったのかは想像が及ばない。

 それは、家庭の事情というものだろうし、わかるはずもないだろう。

 

 ただ、オレが接してきたオルニスという人間については知っている。興味のあることにつっぱしり、障害があればすべて排除していくようなやつだった。

 それがこんなところで八つ当たり気味に魔術をぶっ放している姿は、似合わなかった。

 

「自分の力を示すためねぇ……。さっきのを見てた感じだと、まだまだ満足できてないんだろ? そんな風にくすぶってるなんて、もったいねえな」

 

「余計なお世話よ。わたしの勝手でしょ」

 

「いいや気にするね。正直いうとオレはおまえさんがうらやましい。若く、それだけの才があって、魔術学園卒業という立派な肩書きまである。オレみたいなおっさんはな、子供の可能性が浪費されるのを嘆くもんなんだ」

 

「……なによ、それ」

 

「おまえにもいずれわかるさ、自分の価値が」

 

「そんなの……わかんないよ……」

 

 いつもの虚勢はなりをひそめうつむく少女は、素の表情をさらしていた。

 

「オルニス・グレイシア!」

 

 急に呼びかけられたことに驚き顔をあげるオルニス。

 

「それまではオレがおまえさんの価値を請け負ってやるよ。天才魔術師さん」

 

「……ふんっ、あんたなんかにいわれなくたって、わたしは天才よ!」

 

「その意気だ。人につけられた価値よりも、自分でつくった価値のほうがしっくりくるだろ」

 

 いつもどおり生意気そうな顔で胸を張っているオルニスの姿に安心する。


 このとき、オルニスの胸にひとつの決意が生まれ、この後しばしの別れになるのであった。 

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