36. やっと思い出した
あの部屋に居た怪物、あれは人間だったのものの成れ果てだった。
やつの透明化の付与魔術を解除するさいに感じ取った魔力、それは、亜空間を作り出す際に用いられたものと同質であった。
原因はわからない。暴走した魔術による影響か。はたまた、付与魔術を自分にかけたことで、人間から魔物に変質したのか。
あの魔物は元人間であった。もしかしたら、元の姿に戻すこともできたかもしれない。
―――それをオレたちは殺してしまった。
二人には黙って、あの森の近くに埋葬を済ませておいた。
「……すまん」
「どうして謝る?」
「あのとき、トドメをおまえにやらせてしまった」
「ライルは優しいな」
セレナは包み込むような柔らかい微笑を浮かべていた。
心に甘いものが満たされていき、癒されていく。
だけど、オレは甘いのは、苦手だ……。
なれない雰囲気に話題を変えようとする。
「そういえば、その髪だが、ずいぶんとばっさりと切ったもんだな」
いつものセレナならば、背中に届くほどの銀髪をゆるく縛っていた。
しかし、今は、首筋が見えるほどの長さとなっていた。
「あそこで襲われたとき、短くされてしまってな。ノースガンドでは伸ばし放題にできたが、こっちでは暑くてな。丁度いい機会だったよ」
さっぱりした顔で首筋をなでるセレナを見ながら、頭にとある光景が思い浮かぶ。
雪山。
若い頃の自分と、もう一人の若い冒険者。
短い銀髪に白い肌が目を引く、中性的な顔立ちの冒険者だった。
ああ、そうか……。
あのときは防寒具を着込んでいるせいで、男か女か判別がつかなかった。
「なあ、セレナ、やっと思い出したよ……。あの大雪山でのクエストのとき出会ってたんだな」
「遅いぞ、まったく。私はあのときおまえに言われたことをずっと覚えていたんだからな」
「なんていったか? 10年近く前のことだし、そこまでは思い出せない」
セレナは憮然とした表情で腕を組み、昔語りを始める。
「魔物同士が縄張り争いを始め、その場にいた冒険者は身を隠して様子を見ていた。もうすこしで、目的の薬草が生える場所へとたどりつくところだったが、引き返そうとしたんだ」
「あー、そうそう、あれはすごかったな」
氷の巨人フリースヘカトンと雪狼フロストウルフが入り乱れての戦場だった。
「引き返そうとする他の冒険者を見ながら、おまえは『お宝を前にして引き返すなんて冒険者に向いてないんじゃないか?』なんて言葉を放り投げて、魔物がうろうろする中に飛び込んでいった」
「本当にそんなことを?」
あの頃は、とにかくスリルがあればなんでもよかった。
若気の至りというものだろうが、今思うと危ないことばかりに身を投じ、気も大きくなっていた。
「あの言葉が、けっこうぐさりと胸に刺さったんだ。ギルドでおまえのことを聞いてみれば、流れの若い冒険者で無茶なことばかり繰り返しているなんて噂も聞いてな。いつかおまえを見返してやろうと思っていたんだ」
「それでパーティーメンバー募集の知らせを見て、すっ飛んできたと」
「ああ、あのときの生意気なやつがどんな冒険者になっているのかも気になってな。来てみれば、繁殖期にはいった魔物の群れに飛び込んで行くなんて、皆の前で宣言している始末だ」
「そうか、これでも一応、成長したつもりだったんだがなぁ」
30を過ぎても、どうにも自分自身というものをわかっていないらしい。
「だが、変わっていなくて安心もしたし、ライルとパーティーを組んでからの日々は退屈なんて忘れてしまう」
「ははっ、そうか。オレもセレナといると楽しいよ」
笑いかけると、セレナは面食らったように押し黙る。
「そ、そうか、それはなによりだな」
セレナはギクシャクとした動きでカップを持ち上げるが口元で傾けるが、勢いよく飲んだせいか、「あちっ」と言いながら舌を出していた。




