35. 彼女は勘が鋭い
さきほどまでの緊張が続くが、異形の怪物が完全に沈黙したとわかり、体から力を抜く。
「ライル、おまえも無茶をするやつだな」
「なんとなくな、あれでいけると思ったんだ」
「本当にあんたって、直感だけで動くわね。まあいいわ。これだけの魔道書、それに新種の魔物! かなりの成果ね!」
オルニスが喜びを露わに部屋の中を見て回る。
しかし、一周して戻ってきたところで、立ちすくむ。
「え? なんで!? さっきの魔物の死体どこいっちゃったのよ」
「さあ、また透明化でもしたんじゃないのか」
「うそ、いないじゃないのよ! ライル、ちゃんと見てたの」
オルニスは魔物の死体があったあたりをぺたぺたと手で触って確かめる。
「もしかしたら、さっきの亜空間の残りカスにでも吸い込まれたんじゃないのか」
オルニスは諦めきれないといった感じで部屋の中を何度も探すが、結局見つけることはできなかった。
後日、ギルドに報告をすませると、大騒ぎになった。
森の中の、百年以上続いた魔力の乱れも落ちついてきたらしい。
原因となるあの亜空間がなくなったことで、森の異界化も解消されていくと聞いた。
報酬はあの部屋で見つけた魔道書がかなりの額になるらしく、まってほしいとリリーに疲れた顔でいわれてしまった。
なんでも国の研究機関との折衝でいろいろと大変らしい。
オレというと、特になにをするでもなく家でごろごろしていた。
そこに、玄関のノック音が響く。
「やあ、ライル」
「セレナか。どうした?」
「なあに、茶でも一緒にどうかと思ってな」
突然の訪問に驚きながら、お土産の紙袋を手に持っているセレナを家の中に通した。
手馴れた様子で用意されたお茶からは、安心させる臭いが漂ってきた。
「いいにおいだな」
「市場でいいものが手に入ってな。ついでに茶請けになるものもかってきたぞ」
出されたのは焼き菓子であったが、甘さはくどくなくさっぱりしたものだった。
「ライルはあまり甘いものは得意じゃないだろ。それは塩をつかった菓子らしい」
「これならいけそうだ」
どうやら、この前のとき、甘いものを食べづらそうにしているところをセレナには見抜かれていたらしい。
午後の昼下がり、特におおく会話を交わすこともなく、おだやかな時間が流れる。
こういう静かな雰囲気は嫌いじゃなかった。
「オルニスは、いまどんな感じだ?」
「あの子は、発見した魔道書にかかりっきりだよ。それこそ寝る間もおしんでかじりついている始末だ。この前、無理矢理外に食べに引っ張っていったよ」
「そうか、あいつらしいな」
カップを傾けると、お茶はぬるくなっていた。
「お代わりはいるか?」
「すまんな、頼むよ」
セレナは立ち上がり、新しくお茶をカップにそそいでいく。
「このお茶はなリラックス効果があって、心を休めてくれるらしい」
「たしかにすこし楽になった気がするよ」
「なんだか疲れた顔をしていたからな。あんまり一人で抱え込まないほうがいい」
そんなことはないとおどけた顔で肩をすくめてみせるが、彼女には通じないようでじっと見つめてくる。
「なあ、ライル。あのとき、魔物を隠したのはアレの正体に気づいていたからか?」
「……セレナはあれがなんだか、わかったのか?」
「ああ、なんとなくな。ライルの態度で確信に至ったわけだが……人間だったんだろうな……」
彼女は勘が鋭い。隠し事はできないらしい。




