38. オルニスが旅立った
オルニスが旅立っていった。
ノースガンドに戻り、オルニスが作り上げたという魔法のカバンの試作品を見せ付けてやると息巻いていた。
それなら早いほうがいいだろうと、騎竜便を用意して送り出した。
今ごろ父親と娘でどんなやりとりをしているのか想像すると、心配だが口元が緩んでくる。
「ライル、どうした、楽しそうだな?」
「ああ、いや、ちょっとオルニスのことを考えていてな。ほんとに騒がしいやつだったなって」
「そうだな、オルニスがいなくなって少し寂しいかもしれない……」
クエストの帰り、隣を歩くのはセレナ一人。
パーティーが一人減り、何か物足りなさを感じる。
セレナにとってもオルニスはかわいい妹のような存在だったのだろう。
ギルド会館にて報酬の精算を終えた帰り、セレナを誘い酒場へとむかった。
中では、既に出来上がった客たちが赤ら顔で酒を飲み、がちゃがちゃと食器を鳴らしながら腹を満たしている。
「適当に腹が膨れそうなのもってきてくれ、あと酒は……」
「今日は私も飲みたい気分だ。私も頼むとしよう」
めずらしくセレナも酒を飲むということで、店員に二人分注文を済ませた。
「この店にはよく来るのか?」
「そうだな、値段も手ごろで味もなかなかで、ギルドの連中もよく来てるよ」
「なるほど、私も今度使わせてもらおうかな。賑やかなのは好きだ」
そういってセレナは店の中に満ちる喧騒に耳を傾け微笑む。やがて、料理の皿が運ばれてくる。野菜の盛られた皿に、塩辛いタレの塗られた肉の串焼き、パリッとした焼き目を見せる焼き魚。
「適当に頼んだが、嫌いなものはなかったか?」
「いや、特にないよ。ライルはどれが好物なんだ」
肉が好きだと答えると、「じゃあ、多めにとってやろう」といって取り皿を大盛りにする。
むずがゆい気分を味わいながら、すきっ腹にかきこんでいく。セレナも冒険者らしい健啖ぶりを見せ、どんどんとテーブルの上の料理たちが消えていく。
食べてばかりでなく、何か話題はないものかと悩む。オルニスと3人でいるときはこんな風に悩むこともなく、思いつくのは無難なことばかりだった。
「どうだ、この街にも慣れてきたか?」
「そうだな、なかなか住みやすい街だ。北の方ではみないものも多くて毎日楽しいな。こんなことなら、もっと早くくればよかったかもしれない」
話を聞いていると、どうやら彼女は家の購入も考え始めているらしい。
この分なら、セレナとのパーティーも長く続きそうだと安心したところで乱入者が登場。
10年来の付き合いのある友人、ジョニーだった。
「ようよう、お二人さん」
「ペタン殿か、奇遇だな」
「同じ冒険者なんだし、ジョニーでいいんだぜ。セレナ」
ジョニーがいつもどおり気安い口調で話しかけながら、セレナの隣に陣取る。
「さっきから聞いてたら妙に遠慮した話し方してるじゃんかよ。酒が足りてないんじゃないのか」
どうやら、盗み聞きしていたらしい。このやろうとにらみつけるが、ジョニーはどこ吹く風だった。
なれなれしくセレナに話すジョニーをみていると、無性にいら立ちを感じ、八つ当たり気味に肉の塊にフォークを突き立てる。
「それじゃあ、お近づきの印に一杯おごらせてくれ。ここらでとれる果物の果汁をたらしたもので、なかなかうまいぜ」
「ありがとう、いいにおいだな」
透明なグラスにはいった果実水を受け取ると、セレナがのどを鳴らし飲み干していく。
「後味がさっぱりしていて、口に残った料理の油を流してくれるのが心地よいな。これはなんという飲み物なんだ?」
「“テネーブルの果実水”さ。よかったら、もう一杯どうだ」
ヤツが口にしたその飲み物は果実水という名前がついているが、実際のところは―――
「おい、ジョニー。待てよ、それって」
さっきまで平気な顔をしていたのに、こてんと首を倒してテーブルにつっぷするセレナ。
「……もしかして、セレナって酒にものすごく弱いのか?」
「知らん、オレも初めて知った」
ジョニーが飲ませた“テネーブルの果実水”とは、実のところ酒である。しかし、アルコール度数は低くほとんど水みたいなものだということで、その名がついたものだった。
そういえば、頼んだ酒も弱いものでちびちびと舐めるように飲んでいるだけだった。
「うーん、ちょっと場の雰囲気をよくしようと思って飲ませたんだけど、これは予想外だな! あっはっは」
能天気に笑うジョニーに殺意がわいてくる。
「どうするんだよ。宿につれていって放置するってわけにもいかんだろ」
「どーすっかねー」
「そうだ、お前ん家で預かってくれよ。カミさんもいるし安心だろ」
「いやぁ、それはどうだろうねぇ。うちの子供、夜鳴きが最近ひどくて、うちのカミさんちょっとナーバスになってるからさ。そんなときに酔いつぶれた女を連れて帰ったら、これだよ、これ」
ジョニーは首のまえで手を水平に切った。
「いいじゃんよ、おまえん家って部屋空いてるんだろ?」
「ふざけるな、それこそ、彼女からの信用がガタ落ちだ」
朝起きて、男の家のベッドの上で起きたと知ったセレナからどんな風に見られるかと思うと恐ろしい。
「そろそろ帰らないと、マジでやばいから。じゃーなー」
悩むオレを置いて薄情にもジョニーは、さっさと退散する。
残されたのは酔いつぶれ寝息をたてるセレナと、立ち尽くすオレ。
「……どうすんだよ、これ」




