34. こんなインチキなやつがいるなんて
すばやく立ち上がったセレナは、盾と剣を構え、するどい視線を部屋の片隅に向ける。
オレも襲撃した相手の正体をさぐろうと、すばやく部屋の中に視線をめぐらせる。
しかし、目をこらしても、その姿は見えなかった。
魔力の光が照らす中、いやな汗が背中を伝う。
そんな中、一つだけ変化を見つけた。
厚く積もった埃に足跡がついている。
その形は、人間とはことなる、羊の爪のように二股にわかれたものだった。
けん制になるかわからないが、手近にあった木の机を、そこにいるであろう魔物にむけて蹴り倒す。
破れかぶれの攻撃であったが、机をよけて離れた位置で着地する音が聞こえた。
しかし、その姿は見えない……。
「ライル! この魔物について何か情報はあるか!」
「ないな! こんなインチキなやつがいるなんて聞いたこともない」
「ははっ、上等だ!」
セレナは怖気づくどころか、むしろ獰猛な笑みをうかべながら剣を握る手に力をこめる。
オレも何か対抗手段はないかと必死に頭をめぐらせる。しかし、見えない敵の襲撃への備えに思考の大部分をとられ、うまく思考がまとまらなかった。
「オルニス! 部屋全体を攻撃できるような派手なのをいっちょ頼む」
「おおざっぱな命令ね。まあいいわ。まかせなさい!」
オルニスの握る杖の先端に魔法陣が展開し、地面に手をついた。
「練成! 針の山」
石畳の上にびっしりと細かい針がつきだしていく。
そして、一箇所、針がなにかをつらぬき、その先端を赤い体液でぬらし、くぐもった悲鳴が聞こえた。
「そこか!」
セレナが好機を逃さず、横なぎに剣を振るった。
「浅い……。やつはまだ生きている」
見えないが、しかし、なにかが確実に襲い掛かってくるという圧を感じている。
迷う時間は残されていない。
右手の剣で応戦するか……
左手の杖で魔術を使って防御するか……
そのとき1つの考えが頭に浮かんだ。完全に透明な生物なんているのかということを……
姿を隠す魔術を自らに付与したという可能性に賭けて、手を突き出す。
指先がごわごわした体毛に覆われた何かにふれた。
同時に、そいつがまとう魔力を感じ取り、霧散させることに成功。
「っ!? こいつは……」
姿を現したのは、ヤギのような二本の角をはやし白いあごヒゲを生やした、二足歩行の魔物であった。
その姿を見て、思考が停滞し次に取るべき行動にとることができなかった。
「ライル! よけろ!」
腰だめに剣を構え突進するセレナの姿が見え、体を横へとずらす。
突き出されたセレナの剣が延髄を刺し貫き、そのまま壁へとはりつけにする。
数秒、じたばたと手足を動かしもがくが、すぐに動かなくなった。




