33. そこに何かがいる
そこは奇妙な空間だった。
石壁に囲まれまっすぐに伸びた廊下は暑くもなく寒くもなく、樹林に囲まれた外とは別世界のようであった。
さらにおかしなことといえば、すでに30分以上歩いているというのに、先が見えない暗闇が続いている。
地下を通っているわけでもなく、とっくに建物の外にでていてもいいはずだった。
「ライル、いったん休憩にしようか」
セレナの提案に乗り、壁を背にして床に座り込み休息を取る。
水筒から水を飲みながら、考えをまとめようとしているところに、オルニスが声を上げた。
「ここ、たぶん亜空間ね。いくら何でも広すぎるわ」
「ってことは空間魔術が建物にかかっていることか?」
「そうね……、ダンジョン化した原因もそのせいよ。いったでしょ、無機物に魔力を定着させるのは制御が難しいって。大方、ここに住んでいた魔術師が建物にかけようとして制御に失敗して、暴走。その余波が周囲の環境にも影響していったってところでしょうね」
今では森全体が空間魔術の影響をうけ、方向感覚や距離感を狂わせているだなんて、発端となった魔術師が知ったらどんな反応をしたことだろうか。
「じゃあ、ライル、まかせたわ」
「なにをだ?」
「だってあなた空間魔術使えるし、付与魔術の制御までできるんだから。この亜空間をとっぱらえるはずよ」
「たしかに、付与魔術をかけた後は解除しているが、専門知識もないんだぜ」
「ここを見つけた人間は過去にいたでしょうけれど、この亜空間への対処法がわからずじまい。いまさら他人に頼っても成果はでないでしょ」
「えらく信用されたものだな。失敗したら、さらにひどいことになるかも知れんぞ?」
「何事にも失敗はつきものよ。それよりも、わたしは先が見たいの」
「なるほどな、それは同感だ。ここまできたら最後までオレたちの手で解決してみたい。セレナはどうだ?」
「ライルは相変わらずだな。なにかあったらすぐに逃げ出せるように準備しておくよ」
セレナは何かを思い出すように目を細めていた。
やはり、彼女とは昔何かあったのだろうか。
「はじめるぞ」
適当に石壁に手をあてると、奇妙な感覚が手の平に伝わってきた。
見た目は石だというのに、石らしい硬さやザラザラした触感がなかった。
だが、たしかにそこには魔力を感じ取ることができ、付与魔術を解除するときの要領で、魔力を大気中に散らしていく。
途端に、空間が不安定になり、壁や床が波打つように歪み始める。
「おまえら、大丈夫か!」
「そのまま続けて! あんたならできるわ!」
突然の変化に躊躇するが、必死になって暴れる魔力を制御しようとする。
頭の回路が焼ききれそうになるほどの瞬間がどれだけ続いただろうか、気づけば、そこは通常空間に戻っていた。
埃っぽい空気がながれ、年代を感じさせる古びた石畳の広がる小さな部屋であった。
二人を心配しながら部屋を見回すと、セレナに抱きかかえられたオルニスの姿を見つけ、安堵のため息をもらした。
「なんとか、なったようだな」
「はぁ、さすがに焦ったぞ」
「でも、できたでしょ」
あっけらかんとした態度のオルニスをみて、まあいいかと部屋の探索を始めることにした。
「これは、すごいわね。古代の魔道書の宝庫よ! 魔術協会にもちこんだら、一体どんな値段がつくか……」
陶然とした表情で本棚に手を伸ばそうとするオルニス。オレにはただの古いだけの本にしか見えないが、価値の分かるものにとっては宝物の山なのだろう。
「まて! オルニス!」
何かを察したのか、セレナが唐突に叫び声を上げる。
「え? どうしたの?」
困惑するオルニスを抱きかかえて、セレナは横っ飛びに転がる。
そして、セレナの背中をかすめてなにかかが通り抜けた。
はらりと舞い散る銀髪が床に広がる。
「……気をつけろ。そこに何かがいる」




