麗華の料理
「麗華様! その手は一体どうされたのですか!?」
料理に精進する宣言をした翌日、一之瀬麗華の教室は騒然となった。
白魚の様な指が絆創膏だらけなのである。
表情を変えることなく自分の指を見つめてから周りを見渡す。
そしておもむろに口を開く。
「料理を始めただけです。」
周りは何を言われたのか一瞬理解が及ばない。
「りょうりとは・・・包丁を使ったりするあの料理ですか?」
集まった女子生徒の一人が恐る恐る問いかける。
「とりあえず肉じゃがを目標に精進しております。材料の購入から下ごしらえ、ありとあらゆることを自分一人で出来る様に修行中です。」
「・・・・・・。」
言葉が出てこない。
料理教室なる物に通う生徒はいる事はいるが決して多くない。日本舞踊や茶道など明確に段位などを貰えて自らのステータスになる習い事を学ぶ者の方が多い。
ましてや料理は食する側であって、間違っても作る側では無い。
麗華もその一人であった。
ところが料理を始めたという。
しかも肉じゃがと言う庶民の食べ物である。
「野菜炒めや鳥のから揚げなど学ぶべきことは多岐にわたります。しばらく放課後は自宅へすぐに帰る様にしますのでサロンへは当分出入りしません。ご理解ください。」
教室は騒然となった。
一之瀬麗華に恋人が出来た。
あの氷の才媛がお熱を上げる男子がいる。
ミスパーフェクトはどのような殿方に懸想してるのか。
私立清明学院はゴシップに湧いていた。
「麗華さん、ちょっといいかしら?」
昼休み。
学生食堂へ向かおうとする麗華を二人の女子生徒が呼び止める。
振り返った瞬間麗華は脱兎のごとく逃げたしたくなった。
二宮家と三原家の令嬢がそこにいたからだ。
この二人を正直言って麗華は毛嫌いしていた。
何かにつけて一之瀬家に張り合おうとするのだ。
自分が二年生という下級生で在る為そういう訳にもいかずきちんと振り返り礼儀正しく挨拶を交わす。
「ごきげんよう。二宮様、三原様。」
丁寧にお辞儀をする。
それをニコリと笑って受けるは二宮家の御令嬢、二宮京<にのみやみやこ>。
家格で言えば一之瀬家の次に当たる。
麗華にとってイヤな予感しかしない。
「麗華さんの噂を聞いてまさかと思いお話を聞きに来たのです。」
(嘘ばっかり! 大方料理に精を出そうとする私を笑いに来たのでしょう!)
内心で大声を上げるがそこは氷結の女王、一切表情に出さずに上級生を見据える。
「どのような事をお聞きしたいのでしょうか?」
「何でも庶民の料理を勉強中だとか? 一之瀬家のご令嬢ともあろうものがまさかそのような事をするはずがありませんわよねぇ?」
声を聞いてるだけでイライラが募る。
それでも表情を変える事はしない。
「女子力なる物を高めるには料理は必須と判断しただけです。他に聞きたい事が無ければもう、よろしいですか?」
その場をさっさと切り上げ食堂へ向かった。
麗華が食堂へ入ると一瞬視線を集める。
が、すぐに皆視線を逸らす。
そこには氷の女王が顕現していた。
「れ、麗華様? 一体なにが・・・?」
クラスメイトが恐る恐る尋ねると麗華は素直に答える。
「二宮先輩と三原先輩にお会いしただけです。」
この一言に周りは納得してしまう。
一之瀬家と二宮家の仲の悪さは社交界でも評判なのだ。
原因は二宮家が何かにつけて一之瀬家を意識して張り合う為。
現に麗華は今回に限らず何度も二宮京に嫌味を言われている。
それを麗華は受け流しているのだが二宮京はそれが気に入らない。
麗華の余裕ぶりが気に入らないのだ。
「れ、麗華様? とりあえず大きく深呼吸されてはいかがですか?」
クラスメイトの顔が若干引き攣っているところを見るとかなり恐ろしい顔をしていると分かるとその言に従い深呼吸をする。
そうすると体の力も抜ける。
麗華が思っている以上緊張していた様だ。
(あんな女どもに優様の事を教えたら必ずご迷惑になる・・・。優様のSクラスと言う肩書は三原位に当たる・・・。いっそ婚約者を名乗れればどれほど楽になるか・・・。お父様たちの頼んでみようかしら? その為にも優様のお気に入りにならなければ!)
決意を新たに麗華は昼食を取り始める。
「麗華御嬢様、お迎えに上がりました。」
「ありがとうございます。瀬川さん。」
麗華は朝に宣言した通りにすぐに帰り支度をして迎えの車に乗る。
そこには麗華の料理の師匠である使用人のふみも同乗していた。
「麗華お嬢様、このまま買い物に行きます。」
「はい! スーパーマーケットですね! どのように買い物をするかご指導願います!」
買い物一つとってもこの意気込みである。
料理を作る事になるとどのようになるかは想像に難くない。
「麗華御嬢様、買い物は問題ありません。」
「全てふみさんのご指導の賜物です!」
「では、料理を作りましょう! 」
「はい! 肉じゃがとおにぎりですね。頑張ります!」
ジャガイモの皮をむいて一口大の大きさに切る。
玉ねぎを細切りにする。
サラダ油を引いた熱したフライパンでジャガイモと玉ねぎを炒めたり、牛肉を入れてひと煮たちさせアクを取るなど初心者である麗華には色々と忙しい時間となった。
そうして弱火で二十分ほど煮込んで肉じゃがが完成する。
「ふみさん・・・。 お味はどうでしょうか? 私としては悪くないと思うのですが・・・。」
「・・・麗華御嬢様。自信をお持ちください! 初めてでこれは上出来でございます!」
「本当ですか!?」
「勿論でございます! 後はおにぎりを作りましょう!」
「はい!」
着々と天川優の夕ご飯が出来始めていた。
(晩飯どうすっかなぁ・・・。作るのも面倒だしカップ麺でいいやぁ・・・。)
補習を終えて帰路に着いた優は自宅前で佇む一之瀬麗華に驚く。
「・・・お嬢・・・。何してるんだ・・・?」
優にとって狂信者から救出したことで一之瀬家のご令嬢と狩人などと言うヤクザ商売の自分とは縁は終わったものだと思っていた。
麗華は狂信者から救って貰った事で一之瀬家の令嬢である自分と過小評価する優しい魔神との縁が出来たと思っていた。
優も麗華も二本の糸が固く結ばれ始めてる事をまだ自覚していない。
「肉じゃがとおにぎり、ねぇ・・・?」
「はい・・・。お口に合えばいいのですが・・・。」
「何で、いきなり料理を?」
「・・・負けたくなかったんです・・・。」
「? 負けたくない?」
「はい。私はレトルト商品すらよく分かりませんでした。ですが雨宮様は御存知でした・・・。」
「いや、アレを基準にしたら世のお母様方に失礼だと思うが?」
「それでも! それでも・・・。食事の準備は出来ます・・・。」
「麗華の嬢ちゃんには麗華の嬢ちゃんの人生があるから料理が出来なくてもいいんじゃないか?」
「私は! 私は出来るようになりたいです・・・。」
今にも泣きそうな顔で俯く麗華を優は観察する。
(これが氷結の女王、ねぇ・・・。)
優にはとてもいじらしい女の子にしか見えない。
そして愕然とする。
(あ! ヤバい! 俺この子を気に入り始めてる!)
狩人などと言うヤクザ商売をしている自分が麗華の傍に居るなど知れたら間違いなくスキャンダルだ。
自分は傍に侍る存在ではいけない。
それなのに傍に居たいと思ってしまう自分に気が付いた。
(はっきり拒絶しないと麗華の人生に汚点を残す!)
だが心と体は裏腹に動く。
思っている事とは違う言葉が口に出る。
「肉じゃが、食べてイイか?」
「御馳走様でした・・・。」
しっかりと平らげた。
その様子を麗華が窺う。
「・・・どうでしたか?」
「美味かった。」
「! 本当に!?」
「あぁ、嘘じゃねぇ。それに久しぶりに思い出した。」
「? 何をですか?」
「一人ぼっちの食事が如何に味気ないかって事を。」
「あっ。」
「ここ数年誰かと食事したってのは麗華の嬢ちゃんだけだもんなぁ・・・。」
麗華はやっとわかった。
優が無表情と言う仮面で家族を失ったという悲しみと寂しさを必死で隠していると。
何年耐えて来たのだろう?
私でダメなのだろうか?
救いたい。
癒したい。
だから自然と言葉に出て来た。
「私、優様のお嫁さんになります・・・。」




