妹モドキ
コト
優はココアをマグカップに淹れて麗華に差し出す。
「・・・少しは落ち着いたか?」
未だ鼻をグズグズさせる麗華に戸惑いつつ話し掛ける。
「・・・すみません・・・。」
(・・・謝罪より何で泣いたかを教えてほしいんだけど・・・。)
優の人生で女性に泣かれるなど無かった珍事である。
対処法など知らない。
(世のイケメンどもはこんな時なんて言うんだ・・・?)
夕日がさす居間で優は麗華が落ち着くのをひたすら待った。
「・・・本当にすみませんでした。優様のお姿を見たらなんというか不思議と安心してしまい気づいたら涙がこぼれて・・・。」
どうやら本人にも分からないらしい。
優は大きくため息をつく。
(最近ため息をつく回数が多くなってきたなぁ・・・。)
そんな事を思いながら優は麗華の顔を見る。
「落ち着いてくれて何よりだ。・・・だが、あんまり俺ん家には出入りしない方がいい。」
この言葉に麗華は衝撃を受ける。
顔に明らかな動揺が浮かぶ。
「ご、御迷惑でしょうか・・・?」
「いや、普通に考えろよ? いいトコの御嬢様が狩人なんてヤクザ商売してる奴の家に入り浸ってるなんてどう考えたってスキャンダルだろ?」
「優様はそんな方ではありません!」
「・・・買い被りだって言ってるのに・・・。」
「私はこの目で優様を見ております! この耳で優様の言葉を聞いております! 決して蔑む方ではないと自信を持って言えます!」
「どうしてこう過大評価するんだろうねぇ・・・?」
「どうして優様は御自身の事を過小評価するのですか!?」
「・・・家族を守れなかったからさ。」
この言葉に麗華はハッとする。
優の家族に会っていない。
「・・・ご家族の事をお聞きしても・・・よろしいですか?」
恐る恐る尋ねると優は肩をヒョイっとすくめて何んとも無いように自分の過去を話す。
「俺の親父は洋の東西を問わずに刀剣類を作る達人だった。お袋はSクラスの狩人。先祖が魔神だった為に狩人として超一流だったらしい。その二人の間に生まれたのが俺だ。一つはなれた妹もいた。両親とも狩人と言う仕事に携わらなければ普通の家族だった。だが、それはある日突然壊れた。」
全てを過去形で喋る優におおよその答えが見える。
だが、それでも問わずにはいられなかった。
「壊れる?」
「どこの誰とも知らない奴が親父を殺して妹を盾にしてお袋を刺したんだ。」
「!!」
「瀕死の重傷を負ったお袋の目の前で妹は殺されたらしい。」
「・・・・・・。」
「遊びに出ていた俺は難を逃れた。それでも殺害現場を見る事になった。血溜まりの中に沈む親父とお袋、そして妹を見下ろす様にケタケタ笑う犯人の姿を今でも覚えている。」
「その犯人は何故そのような事を・・・!」
「そいつの家族が悪魔化して狩人に討伐しされたんだ。」
「・・・その討伐をされたのがお母様なのですか?」
「いや。全く赤の他人だ。」
「それなのに何で優様の御家族を!?」
「Sクラスの狩人なのに何で助けてくれないんだって思っての犯行らしい。」
「そんなの!!」
「忘れたくても忘れられないよ。十二月二十五日。俺の誕生日であり妹の誕生日でもある。そして家族の命日だ。町はクリスマス一色で染まっている日だった。俺は家族を守れなかった。この一件を機に狩人の情報規制が厳しくなったのが唯一の救いかな。」
マグカップのココアは冷め切っていた。
しばし無言の時を過ごした。
麗華は何かを言いたくても何も言えない。
もう外は暗い。
優は麗華を見送る為に身支度を整える。
だが、その手がピタリと止まる。
身動ぎ一つしなくなった優を怪訝に思い麗華は声をかける。
「優様?」
「厄介な馬鹿が来やがった・・・。」
優が顔をしかめて項垂れると同時に元気な少女の声が天川家に響く。
「お兄ちゃん! 晩御飯作りにきたよぉ!!」
勝手知ったる我が家とばかりに少女は天川家の居間に入る。
そして客人、一之瀬麗華の姿に驚くと奇抜な事を言い始める。
「こんな御嬢様にメシスタントなんて務まらないよ!」
「レトルト温めるしかできねえお前が言うな! 何より俺を勝手に兄貴呼ばわりするな!」
「もう! 恥ずかしがって♡ 可愛いんだから♡ お兄ちゃんは♡」
「オメェとは血なんかこれっぽちも繋がってない! 何より俺の客に向かって暴言を吐くとか何様のつもりだ!」
「オッパイの大きい女は皆死に絶えればいいんです!」
この言葉が示す様に雨宮嬢の胸には膨らみが見れない。
スッキリとしている。
麗華の胸を殺意を込めて睨んでいる。
「す、優様? そちらの方は?」
若干言葉がぎこちないがそれでも顔に出さないのは礼儀作法の鍛錬の成果が出ていると褒めるべきだろうか。
苦渋に満ちた顔で優はこの突然の訪問者の紹介を始める。
「この馬鹿は雨宮裕子と言ってCクラスの狩人だ。面倒事や厄介な事を起こす度にこうやって俺の所にやって来るんだよ!」
「違うもん! 今日は本当にご飯作りに来ただけだもん!」
「ほぅ、何を作るつもりだ?」
「丼べぇ!」
自信満々に答える雨宮裕子を優は半眼になって睨む。
「どんべえ?」
何の事か分からない麗華は視線で優に「どういう物ですか?」と問う。
「湯煎するなり電子レンジで温めるなりするレトルト食品だ。間違っても料理とは言わない。」
雨宮は首をイヤイヤと振る。
「違うもん! 違うもん! いっぱい愛情込めて準備するから料理だもん!」
「その理屈で言ったら茶碗の準備も料理に含まれるだろうが!」
「お茶椀の準備も料理だもん!」
「んなわきゃあるか!」
「少なくともそこにいるオッパイお化けより出来るモン!」
とうとう優の拳骨が雨宮裕子の頭に落とされる。
優に見送られて自宅に帰った麗華はすぐに行動に移した。
向かった先は調理場。
年配の女性に声をかける。
「ふみさん! お願いです! 私に料理を教えてください!」
鬼気迫る勢いの麗華にふみと呼ばれた年配の女性は頷くしかできなかった。
この一件はすぐに一之瀬家当主である父、龍造とその妻であり麗華の母である喜代美の耳に入った。
「麗華、急に料理を学びたいとはどういう事だ?」
「麗華さん? 一体何があったのですか?」
「今の私に必要なスキルは日本舞踊や茶道などではなく一般的な家庭料理を作る技術だと今日悟りました! 事は私の女性としての尊厳にかかわります! あのまな板娘を出し抜いてみせます!」
余りの気迫に両親は「そ、そうか。頑張るんだぞ?」と言って逃げ出す。
頼み込まれたふみと呼ばれる女性は戦々恐々としていた。
「御嬢様? 何故急に料理を?」
とりあえずどれだけの意気込みで料理に取り組もうとしているのかを知るためにふみは動機を聞いてみる事にした。
「天川優様に毎日美味しいおかずを差し入れするためです! あのまな板娘が入り込めない様にするためにも必要な一手です!」
一之瀬家の使用人の一人であるふみは当然天川優の事も知っていた。
一之瀬麗華を狂信者から救い、親族の一条綾女を悪魔から救った恩のある人物。
そしてふみも女性である。
当然気づく。
男の胃袋を掴んだものが勝利者となる事を。
「御嬢様! 不肖このふみが御味方いたします! 天川様の胃袋を掴みとる為にも頑張りましょう!」
「ふみさん!」
がっしりと二人は握手する。
「ところで先ほど御嬢様はまな板娘と仰っておいででしたが?」
「優様の傍を飛び回るハエです!」
「強敵と成り得る存在ですか?」
「何でもどんべえなるレトルト食品を取り扱う事しか出来ないとか。」
「御嬢様! 勝機は我らにあります! 頑張りましょう!」
「ふみさんにそう言っていただけると心強いわ!」
「天川様の傍に侍ろうとするハエを叩き落とし勝ちを得ましょう!」
「ふみさん! ありがとう!」
この光景を兄、卓也と姉、侑希がニヤニヤしながら覗き見していた。
「面白い事になって来たな。」
「お兄様、悪い顔で笑っておいでですよ?」
「そういうお前だってニヤニヤしてるじゃないか。」
「だってあの麗華がここまで感情剥き出しにしてるのよ? 面白くなりそうじゃない?」
「天川君もいい仕事してくれるな!」
こうして一之瀬麗華は天川優の回りにいる妹モドキ、雨宮裕子打倒の為に料理スキルを上げ始める。
「優様の心を鷲掴みにしてみせます!!」




