傘(3)
それから3人は、しばらくそんな話を続けていた。
時折見える彼女の笑顔は、教室にいる時とは違う柔らかさだ。
俺は完全に出そびれた。
『結構降ってきたな』
話が途切れた時、鳴海が呟くように言った。雨はますます勢いを増す。
彼女は深く頷き『傘、持ってないの』と言う。
その言葉でハッとした。
二人がいても傘を渡そう。野郎は濡れても知ったこっちゃない。
再び傘を握り締めた時……。
『持ってるよ、使って』
辻村がカバンから折り畳み傘を取り出した。
(な、なんだって?!)
俺は頭を抱え込んだ。
『でも1本だと2人が……』
彼女の遠慮がちな声。
そうだ。ここで彼女は自分だけ傘を使う人じゃない。それならやっぱり、この傘が必要だ。
野郎は相合い傘で帰れ。
『大丈夫。あと2本あるから』
(へ?!)
またカバンから折り畳み傘が2本出てきた。
俺はガクッとうな垂れた。
『随分用意がいいな』
呆れつつも鳴海は傘を受け取る。彼女はクスクスと笑っていた。
『だって2人共、足りなかったら譲り合って、結局使わないからね』
『でも3本は重いでしょ』
『さすがに今の時期くらいかな』
辻村は頭をかいている。
『いつもサブバックが重そうだもんなぁ』
辻村、お前本当は普段でも3本持ち歩いてるだろ?
『ありがとう、カズ君』
あぁ。顔は丁度見えないが、その声の調子からして最高の笑顔なんだろうな。
同じ事をした時、俺にもそんな笑顔を見せてくれるだろうか? 胸が痛くなった。
辻村は細い目を更に細め、笑っている。
(…………)
その辻村の表情は俺のような邪心ではなく、純粋な思いのようだ。
『帰ろうよ』
辻村に促され、2人も傘を広げる。
俺は結局出しそびれた傘を手に、黙って見送るしかなかった。
「あの時以来、俺は折り畳み傘を持たなくなった」
中学生男子かっこ悪い思い出を、多少かい摘んで後輩に語った。
いつの間に飲み物が途中で追加され、チューハイに変わっていた。
後輩の顔色に全く変化はない。
「確かにかっこ悪いです」
「期待を裏切らなかっただろ?」
今は酒の肴にできるが、当時はかなり落ち込んだ。
「その後、彼女とはどうなりました?」
「卒業前に告白したよ。結果は分かると思うけど」
「推して知るべしですね」
「だったら聞かなくても」
「一応、流れで」
傘はもう使わなかったが、クラスの盛り上げ役で印象付けたり直接話しかけたりして色々アピールはした。
だが本当に『ごめんなさい』で終わった。幼馴染みの壁は厚かった。
告白はどうしても諦め切れなかったけど、その後の気まずい時間を少しでも短くするため卒業式前日に決行したのがせめてもの救いだ。
あの時の相当困っていたような表情だけはハッキリと覚えている。告白の途中なのに思わず笑ってしまう位だった。
「それだけ見せ付けられても諦めないなんて、空気読めませんね」
「ああいう質問をする君には言われたくないな」
真顔でネギマを口に運ぶ後輩にそう言ってやった。
普段はあまりこんな事言うコじゃないのだが。




