傘(4)
風の噂では高校の時に辻村と彼女は付き合っていたらしい。だがその後は知らない。
もしそのまま結婚したら嫌でも耳に入りそうだが、それも聞かない。
一度だけ辻村と鳴海には同窓会で会ったが、そんな事を聞ける雰囲気ではなかった。
彼らのいる世界は特殊だ。
普通の会社員の俺とは別次元すぎて、私生活が全く伝わらないのだ。
しかしあの時の3人、まるで一本の傘に肩を寄せ合っているようだった。
幼馴染みと音楽……という大きな傘が、しっかり守っていたのだろう。俺の入る隙間などあるわけが無い。
テーブルの上が片付いてきたので追加注文する。
「先輩の情けない恋バナは、以上ですか」
「面白くなかった?」
「いいえ、大変面白かったです。先輩の道化っぷりが目に浮かんで」
ほとんど無表情だ。
それから暫く2人は無言だった。運ばれてきたモノ達を、黙々と飲み食いしていた。
その間、後輩に語らなかった事を思い返していた。
3人がその場を離れた後、俺もトボトボと外へ出た。
小さくなりつつも、まだ3人の後ろ姿は見える。
(あの中に入れたらな)
そう思い、大きくため息をついた。
その時だ。
2人の少し後ろを歩いていた鳴海が突然振り返り、俺の方へハッキリと視線を向けた。
(げっ……)
3人が玄関先で話している間、鳴海はこちらの方を数回チラチラと見ていた。どうやら奴だけは俺が立ち聞きしていることに気がついていたようだ。
だが気になったのは、立ち聞きがバレていた事ではなく振り返った時の鳴海の表情……微笑んではいるのだけど切なげな眼差し、だった。
それは一瞬だけで鳴海はすぐ前を向いたが、あの表情には少し親近感を覚えた。
「羨ましい」と憧れる傘の中にいても、奴なりに思う事があったのかも知れない。
「折りたたみ傘、今でも持ち歩きませんか?」
あおったグラスを小さく音をたてて置き、突然後輩は口を開いた。
「へ?」
それを聞かれるとは思わなかった。
「私なら喜んで借ります」
「…………」
「1本しかないのなら、相合い傘で帰ります」
そこで後輩の顔色が一気に赤くなった。
「飲み過ぎてない?」
おそるおそる声をかける。
「本当~に先輩は空気が読めませんね」
後輩はため息をついた。前の彼女にも言われたが、それは黙っていた。
「…………」
周りの喧騒がやけに響く。
まだ顔が赤くうつむき加減の後輩は元々整った顔立ちだったが、いつもとは可愛らしさがあった。
それにしてもまさかそうくるとは思わなかったが、女の子から言われっぱなしでは男がすたる、というもんだ。
「昔から変わらないのは分かっただろ?」
「はい」
「それでも一緒に帰ってくれるなら、こちらこそヨロシク」
俺は軽く頭を下げ、グラスを掲げた。
後輩はハッと顔を上げて微笑み、グラスを合わせる。
「実は私、折りたたみ傘あります」
「そうなんだ」
「でも、まだ……一緒にここへ居ていいですか?」
「もちろん。俺達は大人だからね」
今日3度目の乾杯をした。
番外編『傘』は以上です。
設定の段階から命運が決まっていた高井君。
あまりにも申し訳ないので、当時掲載されていたサイトさんの月毎のお題を頂戴して書いた短編でした。
ご覧いただいた方、ありがとうございました。




