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明日のうたが聴こえる  作者: 人見くぐい
第三章 中学生編
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48 バレンタインデー(5)

ケーキと紅茶を用意してくれたレイ君は、まるで何事もなかったかのような顔をして席についた。


「今日は楽しみにしてたんだ」


カズ君の声が弾んでいる。


「僕はこういうケーキ、家じゃ食べた事ないもん」


「別に俺だって普段から食べてる訳じゃない」


ティーカップを口に持っていきながら、レイ君は苦笑している。


「とにかく頂こうよ」


「うん、そうだね」


『いただきます』と二人で声を合わせてからケーキにフォークを入れた。これで3度目だけど、感動する美味しさは変わらない。


こんな美味しいケーキをレイ君は黙々と食べている。反対にカズ君は満面の笑みで味わっていた。作った人が見たらきっとどんな言葉よりも嬉しく思うはずだ。




「ごちそうさまでした」


「ああ、美味しかった」


いくらゆっくり食べても食べ終わってしまうのは仕方が無い。後片付けは私がしようとしたが、「俺がやる」とレイ君が食器をまとめて台所へ持って行った。


「ありがとう。嬉しいな」


チョコを渡すと、カズ君はケーキを食べている時と同じ顔で受け取ってくれた。


「やっぱりカズ君は渡しがいがあるなぁ」


思わずため息混じりに出た言葉に、カズ君は不思議そうに首を傾げる。


「何でもない。そういえば今年は他にチョコを貰わなかったの?」


「貰ったよ。レイ君に全然及ばないけどね」


この部屋の隅にはチョコが沢山入ったデパートの大きな紙袋が2つ置いてあった。


「やったじゃない。実は結構貰ったでしょ」


「数は忘れたけど、たいして貰ってないよ」


そういえば学生カバン一つしか持って来てない。


「教室に訪ねてきた人、何人もいたけどなぁ。ずっと居ないんだもん」


「どうも恥ずかしくて居辛かったんだ」


小さく肩をすくめ、照れくさそうに答えた。


「とにかく貰ったチョコ、大事に頂かないとね」


「実はもう野球部のみんなと分けちゃった」


「本命チョコも?」


「元々そんなのないよ」


カズ君は苦笑いしながら首を振って否定する。


「野球部のルールで、貰ったチョコは部員で平等に分けるんだ」


「変なルール」


「上下も横も厳しいから」


野球部じゃなくて良かった。しかしそれを聞いた時、一瞬胸がチクリと痛んだ。


「なあんだ。それなら私のも分けられちゃうんだね」


「そんな事しないよ!」


「……!」


ソファーから立ち上がりそうな勢いで言ったので驚いてしまった。


「ごめん。でも今まで美紀ちゃんのチョコは他の誰にもあげてないから」


「そう……」


それを聞くと、とても安心している自分がいて不思議だった。




その後、楽譜を手にレイ君は戻ってきた。STIMULUSは予餞会に出演するのでその打ち合わせのためだ。


しかし受験まであと2週間ほどなので、練習時間の確保は厳しい。今日も時間は無く練習はしないけど、熱心に話し合っていた。


その二人の横顔は普段通りで、チョコをあげた時の変な様子は嘘みたいだ。


バレンタインはどうも人の調子を狂わせる。お祭りみたいなものだから、だろうか。

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