48 バレンタインデー(5)
ケーキと紅茶を用意してくれたレイ君は、まるで何事もなかったかのような顔をして席についた。
「今日は楽しみにしてたんだ」
カズ君の声が弾んでいる。
「僕はこういうケーキ、家じゃ食べた事ないもん」
「別に俺だって普段から食べてる訳じゃない」
ティーカップを口に持っていきながら、レイ君は苦笑している。
「とにかく頂こうよ」
「うん、そうだね」
『いただきます』と二人で声を合わせてからケーキにフォークを入れた。これで3度目だけど、感動する美味しさは変わらない。
こんな美味しいケーキをレイ君は黙々と食べている。反対にカズ君は満面の笑みで味わっていた。作った人が見たらきっとどんな言葉よりも嬉しく思うはずだ。
「ごちそうさまでした」
「ああ、美味しかった」
いくらゆっくり食べても食べ終わってしまうのは仕方が無い。後片付けは私がしようとしたが、「俺がやる」とレイ君が食器をまとめて台所へ持って行った。
「ありがとう。嬉しいな」
チョコを渡すと、カズ君はケーキを食べている時と同じ顔で受け取ってくれた。
「やっぱりカズ君は渡しがいがあるなぁ」
思わずため息混じりに出た言葉に、カズ君は不思議そうに首を傾げる。
「何でもない。そういえば今年は他にチョコを貰わなかったの?」
「貰ったよ。レイ君に全然及ばないけどね」
この部屋の隅にはチョコが沢山入ったデパートの大きな紙袋が2つ置いてあった。
「やったじゃない。実は結構貰ったでしょ」
「数は忘れたけど、たいして貰ってないよ」
そういえば学生カバン一つしか持って来てない。
「教室に訪ねてきた人、何人もいたけどなぁ。ずっと居ないんだもん」
「どうも恥ずかしくて居辛かったんだ」
小さく肩をすくめ、照れくさそうに答えた。
「とにかく貰ったチョコ、大事に頂かないとね」
「実はもう野球部のみんなと分けちゃった」
「本命チョコも?」
「元々そんなのないよ」
カズ君は苦笑いしながら首を振って否定する。
「野球部のルールで、貰ったチョコは部員で平等に分けるんだ」
「変なルール」
「上下も横も厳しいから」
野球部じゃなくて良かった。しかしそれを聞いた時、一瞬胸がチクリと痛んだ。
「なあんだ。それなら私のも分けられちゃうんだね」
「そんな事しないよ!」
「……!」
ソファーから立ち上がりそうな勢いで言ったので驚いてしまった。
「ごめん。でも今まで美紀ちゃんのチョコは他の誰にもあげてないから」
「そう……」
それを聞くと、とても安心している自分がいて不思議だった。
その後、楽譜を手にレイ君は戻ってきた。STIMULUSは予餞会に出演するのでその打ち合わせのためだ。
しかし受験まであと2週間ほどなので、練習時間の確保は厳しい。今日も時間は無く練習はしないけど、熱心に話し合っていた。
その二人の横顔は普段通りで、チョコをあげた時の変な様子は嘘みたいだ。
バレンタインはどうも人の調子を狂わせる。お祭りみたいなものだから、だろうか。




