46 バレンタインデー(3)
遠くで微かに物音がする。
紙……本をめくる音?
誰かいる!
勢いよく頭をあげると肩から毛布が落ちる。レイ君が向い側のソファーで雑誌を読んでいた。
私が起きた事に気が付いたレイ君が私を見てフッと吹き出す。
「おはよう。よく寝てたな」
「そ、そう?」
「顔にセーターの跡がついてる」
「ええっ、どこ?」
「この辺」
レイ君は身を乗り出して手を伸ばし、私の目に近い左頬へ触れた。
「……!」
指先がひどく冷たく感じる。多分それは顔が一瞬で熱くなったからだ。
「お、女の子の顔に気安く触らないでよ」
ほんの数秒の事だが、部活でダッシュをした後のような動悸がした。やはりレイ君とはいえ、顔に触れられたら変に意識してしまう。
「あぁ、ゴメン。いつもの澄ました顔に跡がついてて面白かったから、つい」
レイ君は口ではそう言うものの、全く悪びれた様子はない。ひょっとして、私を女の子として見てないのかな。
一人でドキドキしている自分がバカみたいだ。
私は腹をたてていたけど、ソファーに座り直そうとした時に改めて毛布に気が付く。
「毛布、かけてくれた?」
「いくら暖房が入ってても風邪ひくだろ」
「……ありがとう」
あんなにからかった後で、この優しさは卑怯だ。単純だけど気持ちが静まった。
「受験まで2週間だから、気をつけないと」
レイ君をよく見てみると髪が少し濡れていた。
「雨、降ってきたの」
「家に着く直前に」
「レイ君こそ風邪ひかないようにね」
「大して濡れてない」
すでに私服に着替えて暖かい格好をしている。小さい頃ほど身体は弱くないので、大丈夫だろう。
レイ君はさっき読んでいたバンド雑誌を手にした。
そういえばカズ君の姿はない。
「カズ君は?」
「まだ来てないな」
「一緒じゃないの?」
「あぁ」
「そう……」
カズ君もチョコレートをそんなに沢山貰っているのだろうか。
去年までと比べたら雲泥の差だ。私は毛布を膝にかけため息をついた。
CDはまだ2枚目が終わっていなかった。
眠っていたのはそれほど長くなかったようだ。
「俺、BRAVEで文化祭に出た直後は上級生に目をつけられて……色々あってさ」
雑誌をパラパラとめくっていたレイ君が突然話し出した。
「えっ」
初めて聞いた。
「そうしたらカズ君が『一緒に帰ろう。何かあったら僕が時間を稼ぐから』って言ってくれた。結局それ以降何事もなかったけど」
二人は部活やピアノなどで時間が合わないので一緒に帰る機会は意外と少なく、毎日一緒に帰ったのはその頃位だけだそうだ。
「そうだったの」
「でも実際は何かあったら野球部にも迷惑がかかるし、ヒヤヒヤしたよ」
「でもカズ君らしい」
「そうだな」
レイ君の微笑から本当は嬉しかったんだと分かる。
「カズ君はレイ君を守ってくれるナイトだね」
「そうかも知れないな。だけど本当ならお姫様を守りたいだろうに」
「レイ君は十分お姫様だと思うよ」
「見た目じゃなくてさ……」
レイ君は口ごもり、黙ってしまった。




