オーリュウの不安
時空の歪みの中に入ると、外から見た歪みが果てしなく広がっていた。
四方八方見渡す限り、様々な色がぐちゃぐちゃにクネクネ、ぐにゅぐにゅと動いている。
足元も境目がなく、まるで浮いているような感覚に襲われてしまう。
勿論、こんな空間で距離感などない。
安易にこの中に入っても、どこに向かって行けばいいのかすら分からず、いつの間にか魔界に出たり、人間界に戻ってしまったり、もしくは永遠とこの空間から出られず息絶えることもある。
もし、死んでしまっても死体は残らない。
死んで数時間経てば、空間がそれを飲み込んでしまうからだ。
私も何度も見た光景なのに、慣れる気がしない。
毎回、入るたびに早く出たくなる。
とりあえず、迷ってしまえば大変なので、オーリュウの背中についていく。
オーリュウは何も言わずにゆっくりと進んで行った。
ドシーは私の修道服の袖を掴みながら、私に引っ付くように歩いている。
長身のドシーに引っ付かれると歩きにくくて仕方がない。
初見ではあっけらかんとした性格だと思っていたが、今はまるで印象が違う。
時空の歪みが苦手なのだろうか…?
まあ、好きなやつはそうそういないとは思うけど…
オーリュウのあとを歩くこと三十分、まだ出口には辿りつかない。
でも、間違いなく出口には向かっている筈だ。
きっと、道などないこの空間でもオーリュウは出口がハッキリと分かっている。
何故なら私も分かるからだ。
こんな方向も距離感も分からない空間では出口に辿り着く方法はただ一つ。
出口から発せられる魔力を感じ取ること。
魔界への出入り口も人間界への出入り口にも強い魔力が発せられているのだ。
魔界の方はその先の魔界からの魔力も感じ取れるため、比較的に人間界へ行くよりは探しやすい。
だから、帰りの方がどちらかといえば神経を使うだろう。
おそらく帰りもオーリュウが送ってくれる筈だ。
まあ、例えこの件が早々に片付いたとしても、魔界のルール上はすぐには帰ることは出来ないけれど…
そんなことをぼんやりと考えていると、前方のオーリュウが急に歩を止めた。
どうやら出口にたどり着いたようだ。
オーリュウが何もない前方に向かって右手をスッと伸ばした。
するとその部分だけ、ぐちゃぐちゃが動くスピードが早まる。
「さあ、ここを通れば魔界です」
オーリュウが私の方を振り返って、そう言った。
「では、私が先に行きますね」
オーリュウがそう告げて、先に出口へと歩を進める。
すると、目の前のオーリュウの姿がスッと消えて無くなった。
時空の歪みから魔界へとワープしたのだ。
私もあとに続こうと動く。
すると、ドシーの私の裾を掴む力が強くなる。
「大丈夫、何も怖いことなんてありませんよ?」
ドシーの顔に視線を向けて、声をかけた。
ドシーが不安そうな顔を浮かべながら、こくりと頷く。
…おいおい、これで魔王の幹部って冗談だろ?
心中でそうツッコむも、私の表情は笑顔だ。
ドシーと一緒に時空の歪みの出口へと入る。
すると、一瞬で目の前の景色が変わった。
来た時と同じ木々に覆われた森の中…
と言っても、ここは人間界ではなく魔界だ。
空からは光が差し込んでいて、多少薄暗い程度であって視界は割と良好である。
魔界でもちゃんと太陽は存在し、環境面は人間界と遜色はない。
でも、常に夜であまり植物が育たないというのが人間界における魔界のイメージだ。
なので、人間がこの景色を見ても、魔界に来たとはなかなか認識できないだろう。
「ようこそ魔界へ…と言ってもあなたは頻繁に訪れてますよね?」
オーリュウがそんなことを言う。
「…頻繁ではありませんよ。まあ、それなりには来ていますが…」
オーリュウにそう答えながら、この前に訪れた時のことを思い出す。
「…申し訳ありません。ここから、町までしばらく歩くことになりますがよろしいですか?」
オーリュウが少し申し訳なさそうな表情でそう言った。
「ええ、大丈夫です。流石にこの場所で魔法は使えないことは理解しています」
もうここは魔界だ。
今、オーリュウが移動魔法を使えば、ここにオーリュウがいたことが、もしかしたら七魔衆に知られてしまう恐れがあるからだろう。
流石に人間界で魔法を使っても、魔界からは把握することは出来ないから、人間界では移動魔法を使えたのだ。
ここにオーリュウがいたということは、自ずとオーリュウが人間界に出向いていたことを示してしまう。
そうなれば、オーリュウが私に七魔衆を倒して欲しいと依頼したことが七魔衆に知られる可能がある。
そうなった場合、魔界における魔王の威厳とオーリュウの信用が揺らでしまい兼ねない。
「ありがとうございます。近くの町まで行けば、私の城まで魔法で移動出来ますので、それまで少し我慢して下さい。さあ、参りましょうか」
オーリュウが丁寧に私にそう言ってから、ゆっくりと前を歩き出した。
がオーリュウはすぐに足を止める。
そして、勢いよくこちらを振り返った。
でも、オーリュウの視線は私ではなくドシーに向けられている。
「随分と大人しいとは感じていましたが、あなたまさか…?」
オーリュウの台詞とその表情で、すぐにその不安に気がつく。
すごく嫌な予感が込み上げてきた。
オーリュウがバッとドシーに向かって右腕を伸ばしを手を開く。
すると、ドシーの姿がぼやけ始めた。
長身だった筈のドシーの背が縮まり、別人の姿が露わになる。
その姿に私はすごく見覚えがあった。
そして、思わず大声を上げる。
「…アンネ!?」




