杞憂だな
「ありがとうございます。引き受けて頂き、本当に感謝しています」
客間に戻り、共に魔界へ行く旨をオーリュウに報告すると、オーリュウが私に頭を下げた。
魔王の幹部から頭を下げられるなんて、あまりいい気はしないから正直やめて欲しい。
「で、魔界にはいつ出発します?私はすぐにでも構いませんが?」
私の言葉に幾分オーリュウの表情が明るくなる。
「本当ですか?それは我々にとって、とても有難い…この町に長居することはおそらくこの町にとってもよくはないですしね」
どうやらオーリュウもそれはよく分かっているようだ。
「…それに私としてはドシーが心配で、なるべく早くアレを魔界に連れ戻したいのです」
オーリュウがそう言って、小さなため息をついた。
その姿に私は苦笑いを浮かべる。
…ここにも部下に悩まされている者がいたよ。
「では、すぐに準備をしてきますので、今しばらくこの部屋でお待ち頂いても構いませんか?」
「勿論です。こちらのことは気になさらず、ゆっくりと用意してください。それにしてもドシーはどこに行ったのでしょうか…?一向に帰って来ません…」
オーリュウが再びため息をついた。
「探して来ましょうか?」
準備をしようとソファから腰を上げたところで立ち止まってそう訊ねた。
すると、オーリュウが静かに首を横に振る。
「いえ、ドシーのことは放っておいて構いません。行く直前に首根っこ捕まえてきますので…」
とオーリュウが答えて三度ため息をついた。
「分かりました。では、準備してきます」
そう言って、早々と客間をあとにした。
しかし、一日でこんなにたくさん他人が目の前でため息をつく様を見た日はなかなかないな…
そんな感想を抱きながら、廊下を歩きながら自室へと向かった。
自分の部屋に入ると、タンスをバッと開き、とりあえず手提げ鞄に替えの修道服を三枚ほど、下着を適当に雑に詰め込んだ。
あまり持って行くと荷物になるし、今回の行き先は魔界でありチートーズに行く時とは訳が違う。
なので、本来なら手ぶらでも構わないくらいだ。
手提げ鞄をひょいっと肩に掛けて、自室をあとにした。
再び廊下を歩いて、オーリュウの待つ客間へと向かう。
すると、客間の前で神父様が私を待っていた。
「エメさん用意は出来ましたか?」
「はい、今回は場所が場所ですし、あまり持って行かないのですぐに整いました。アレ?神父様はアンネに説明しに行かれたのではなかったのですか?」
先程、神父様と話を終えたあと、私は客間にいるオーリュウの元へ、神父様は食堂にいるであろうアンネのところへと出かけた筈だ。
なのに神父様はもう戻っている。
自身の所要時間が短かったことを考えると、アンネの説得時間はもっと掛かると踏んでいたからだ。
「行きましたよ。そして、アンネさんにエメさんのことを説明しました。ですが、アンネさんは私の言葉に対してただはいと答えるだけで、何も反論をされませんでした…」
と神父様が不可解な表情を浮かべて、私に説明する。
「しかも、終始笑顔で…どういう心境の変化なのでしょうか?まるで、狐につままれたような感覚で訳が分かりません…」
神父様が首を傾げながら言った。
「…まあ、今回はチートーズと違って魔界ですし、アンネも危険だということを分かってくれたのではないですか?」
「…そうでしょうか?以前の様子だと、例え魔界であってもついて行きそうな勢いでしたが…まあ、私としてはアンネさんが分かってくれたのでしたら何も言うことはありませんけれど…」
神父様が未だ納得いかない表情を浮かべて、そう話した。
そして、私は神父様を外に待たせて、客間へと入っていく。
すると、ソファに座るオーリュウの横にドシーの姿があった。
どうやら、私が準備をしているうちに戻って来たようだ。
そのことに少しだけ安堵して、ゆっくりと口を開いた。
「お待たせしました。準備が整いましたのでいつでも出発出来ますよ」
私の言葉にオーリュウとドシーがスッとソファから立ち上がった。
そして、私と共に廊下へと出る。
すると、神父様の横にいつの間にかアンネの姿があった。
「…また、しばらく出掛けてくるね。なるべく早く帰るようにするよ」
そう言って、アンネの頭を優しく触った。
「はい」
アンネが笑顔でそう答える。
その表情を見て、神父様が言っていたことは杞憂だなと思った。




