馬車に揺られて
馬車に揺られながら、御者越しに青空を見上げた。
それに今日は晴れているだけ、まだマシかと思う。
かれこれもう一週間は馬車に揺られている気がする。
ようやくフレイリン領には入ることが出来た。
アンネにはああ言ったが、やっぱりフレイリン領は遠すぎる…ましてチートーズなんて広いフレイリン領のど真ん中に位置しているため、フレイリン領に入ってからも数日は掛かる。
とはいえ、タオカモイから出発する時に馬車はちゃんと手配してくれた。
それから馬車を乗り換えて、もうこの馬車で五台目である。
こんなに私がげんなりしているのには訳があった。
一台目の馬車は問題なく快適に過ごせたが、二台目の馬車は相乗りしたカップル客が目の前でイチャつくし…三台目の馬車は酔っ払いのオッさんが騒いだ挙げ句に私の目の前で吐く始末で…四台目の馬車の時は客は私一人だったものの、悪天候に見舞われて客車の中にも雨風が猛烈に入ってきたため、乗り換える場所に着いた時には私の格好は酷い有り様だったのである。
幸い今の馬車では何もないが、私はすっかり疲弊しきっていた。
ああ…早く推しの元へと帰りたいよぉ…
とまだ目的地に着いてもいないうちから、心中でそんな弱音を吐いた。
…絶対、神父様にはお土産を買わないからな。
と心に誓う。
フレイリン領に入ってから景色がガラリと変わってきた。
すぐに大きな街並みが見えて、たくさんの人の姿が遠目に見える。
馬車が通る道も綺麗に整備されていて、フレイリン領に入る前と後では明らかに馬車の揺れ方が違う。
馬車はその整備された道を通って、街を沿うように進んでいく。
私はそれを馬車から顔を覗かせて眺めていた。
「フレイリン領は初めてですか?」
街の景色を見ていると、御者が私に話しかけてきた。
この馬車の御者は優しそうな若いお兄さんだ。
しかもイケメン。
のため声を掛けられた時、ドキッとしてしまう。
「…は、はい。凄く大きな街ですよね?噂には聞いていましたが、見るのと聞くのとではやっぱり違いますね」
といつもは出さないような声で頑張って清楚な女を繕う。
「この街も大きいですが、チートーズの大きさはこんなものではないですよ。街というより都市…いや、あれはもはや国ですからね」
爽やかな御者の言葉に私の心も爽やかになる。
「それは楽しみです」
自分でも誰だ?というような清楚なシスターを今から演じた。
もしかしたら、ここからラブロマンスが生まれるかもしれない。
「私はチートーズに家族と住んでいて、今回の仕事を終えると久々に家族と過ごせるので、私もチートーズに着くのが楽しみです」
御者の言葉に相槌を打つも、家族のワードに「ん?」となる。
「…家族?」
「はい、妻と子供二人の四人家族です」
御者のお兄さんの返答に表情が固まった。
「…ああ、それは楽しみですね。子供さんもお父さんが帰ってくるとなると、さぞ喜びになるでしょう?」
「はい。帰ったらたくさん遊んでやろうと思います」
今、きっと私は物凄い顔をしているに違いない。
まあ、御者のお兄さんが前を向いているため、落胆する私の表情を見られることはないから安心だ。
短い幸せだったわ…
やっぱり最低な出張だ。
馬車は嘆く私を乗せて、フレイリン領の中を走っていく。




