勝手な憶測
想像していたものとは違ったが、アンネの無事に胸を撫で下ろす。
「…エメさん大丈夫ですか?服があちこち破れてますよ…もしかして戦っていらしたんですか?」
アンネが心配そうに私の修道服を触る。
思わず目を丸くした。
「えっ、下から大きな音や激しい揺れを感じなかった?」
あれだけ派手に私が暴れたんだ…てっきりアンネが不安がっていたとばかり思っていた。
それを全く気づいていないなんて…
「はい、全く。ファーシルさんと一緒にここに来た時、ファーシルさんに紅茶を淹れたのでドーナツでも食べながらここでゆっくりしててくださいって言われました。なので、お言葉に甘えてゆっくりとしているとエメさんが現れたんです」
アンネの説明になるほどこの保護魔法は音や振動すら遮断するんだなと感心する。
おそらくはファーシルの魔法。
やはりお尻の刻印を解けば、相当な魔力を発揮できそうだなと、戦わずに済んで良かったと安堵する。
「ん…?アンネは攫われてから、どこにいたの?この部屋にはさっき来たってこと?」
「はい、この部屋には少し前にファーシルさんと階段を上ってきました。昨晩は分かりません。オーリュウ様の屋敷の屋上でマンモさんに攫われてからしばらく寝てしまっていたので。マンモさんの霧の中はふわふわと本当に居心地が良くて…まるでふかふか布団に四方八方から囲まれているかのようでした。そして、気づくとこの塔の下にいて、すっかり夜が明けて朝になっていたんです」
えっ、マンモさん…?
…ち、ちょっと待って?情報量があまりに多い…
「ん?この部屋にはファーシルと階段を上がって来たの?マンモに連れて来てもらったんじゃないの?」
「いえ、違います。マンモさんはこの部屋には来てません。ファーシルさんだけですよ」
アンネの返答に思わず首を傾げた。
「分かった!途中まで移動魔法で来たんだ?」
か弱いアンネ…推しがあんな険しい階段を上ってこれる筈がない。
「いえ、下の一段目から私の足で上ってきましたよ」
ケロッとした表情でアンネがそう語る。
「えっ…あのハードな階段を?私が息切らしていた階段をアンネが自力で上ってきたの?そりゃあ大変だったでしょ?」
「いえ、ファーシルさんが一緒だったので、ガールズトークに花を咲かせながらゆっくりと上ってきました。とても楽しかったです。是非、帰りはエメさんと話しながら下りたいです」
と推しがアンネスマイルを炸裂させる。
…アンネってもしかして私が思っている以上に凄い?
攫われても動じるどころか、状況を楽しんでいる。
流石は我が推し…恐るべし。
「…エメさんは七魔衆の皆さんと戦っていらっしゃったんですか?ファーシルさんとも?」
と急にアンネがスマイルを解除して、心配そうな面持ちで私に訊いた。
その様子にいつのまにかアンネは七魔衆の連中と仲良くなったことが窺える。
流石はタオカモイが誇るコミニュケーション能力抜群のシスターアンネだ。
「戦ったよ。でも、安心して誰も死んでないから」
と言うと、アンネが安堵の表情を浮かべた。
「さあ、オーリュウ様が待っていると思うし、そろそろ帰ろうか?」
優しくアンネの頭に手を置いた。
「はい。でも、せっかくなので、紅茶とドーナツは最後までご馳走になって帰りますね?あっ、エメさんの分のドーナツと紅茶もありますよ。ファーシルさんが用意してくれてました。きっとエメさんがここに迎えに来るからと言って」
アンネの言葉にどの結末を迎えるかは別として、ファーシルがちゃんと私がアンネをここに迎えに来ることは想定していたようだ。
ってことは、ある程度はファーシルの思い通りに動かされたってことだな…
「…そうだね。せっかくだからご馳走になりますか」
薄っすら口角を上げてそう言った。
アンネと一緒にドーナツと紅茶を堪能したあとで、私たちはこの部屋をあとにする。
そして、あの長い階段をゆっくりと下りていく。
長い時間、アンネと話しながら階段を下りていくと、下に七魔衆の姿が小さく見えてきた。
「エメさんにこういうことを言うのはいけないことだと分かっていますが、七魔衆の皆さんって本当に仲が良いっていうか固い絆で結ばれていますよね?」
壁際を歩くアンネが私に言った。
アンネはファーシルの復讐を知らない。
でも、アンネのその見解で間違えはないと思う。
「そうだね。あの絆の固さはなかなか厄介だった…」
…これは私の勝手な憶測だが、ファーシルが密かに七魔衆への復讐を目論んでいたように、他の七魔衆たちもファーシルの目論見を知っていて、敢えてそれを受け入れていたのかもしれない。
まあ、私にはもうどうでも良いことだと、まだ小さくしか見えないがファーシルのところに集まっている七魔衆を見下ろしてそう思った。




