アンネを返してもらおうか?
蜃気楼に覆われた円柱型のトルケーリブの塔の入り口に立った。
大きな入り口に扉はなく、中が顕になっている。
とにかくだだっ広いホールが見えた。
そこには老朽化で倒れた柱や床が壊れて浮き上がっている箇所がある。
その光景にここはヤツらのアジトというよりは戦う場所なのだろう。
そう思いながら、中へと足を踏み入れていく。
塔の中は吹き抜けになっており、円柱の塔の石壁に沿って、手すりもない剥き出しの階段が上へと続いていた。
上を見上げると小さく天井が見えたので、随分と階段を上った先にどうやら部屋があるようだ。
そこにおそらくアンネがいる。
瓦礫で散らかったホールを真っ直ぐ歩いていくと、前方に瓦礫に腰掛けて頬杖をついていたファーシルが見えてきた。
そして、目が合う。
私は少し離れた場所で立ち止まった。
「待ちくたびれましたよエメさん」
ファーシルがそのままの姿勢で私に話し掛ける。
「くたびれるほど待たせてはいないでしょ?それに、すぐに追いかけてこないことはアンタもご存じの筈だ」
そうだ…アンネは無事だからこそ人質の価値がある。
それは七魔衆も分かっているし、私がセブンシスターズであることを知っている以上はアンネが攫われたくらいで私が動くと思っていないだろう。
セブンシスターズである以上、仮にアンネが殺されても、私は任務に忠実だ。
…とはいえ、そうならないようには行動する。
「まあ、ちゃんと一人で来てくれたことには感謝します」
ファーシルが頬杖を止めて、座ったまま背筋を伸ばす。
その瞬間、私を囲むように他の七魔衆のメンバーが現れる。
私とファーシルとの同等の距離感で右回りに霧男のマンモ、全身黒い悪魔タイプのタサン、蝿頭のベルバブゼ、ゴーレムのルーゴフェルベ、三つ頭のモデウスアス、そしてオーリュウの屋敷の屋上で津波を放った今は人型姿のヴィアレタンが立っていた。
首から提げているロザリオがヤツらに反応する。
「アンネを返してもらおうか?」
私は真っ直ぐファーシルにだけ視線を向けて言った。
「それは出来ません」
と答えるファーシルだけはまだ座っている。
「何で?」
私が首を傾げる。
「あのシスターにはまだ利用価値があるならだよ」
と私の問いに気持ち悪い喋り方をするタサンが答えた。
…ああ、たしかに口が臭そうだ。
とファーシルがぼやいていたことを思い出す。
「…利用価値?アンネを脅して私の動きを封じるとか?」
タサンの方は見たくないので、依然視線はファーシルのままだ。
「…違いますよ。オーリュウが最近力をつけてきた我々の討伐をあなたに頼む前から、我々はあなたに目をつけていた。あなた…いや、セブンシスターズの存在そのものに」
ファーシルの隣に位置するヴィアレタンがそう語る。
人の姿の時はなかなかイケメンなので、ヴィアレタンには視線を向けて話を聞いた。
「…どういうこと?あなたたちは魔王の事情を知っていて、それで動いているんじゃないの?」
魔王の事情を知っているなら、魔王幹部を恐れない理由になるからだ。
「…魔王の事情。知っているさ…俺たち七魔衆でなくとも、知っている魔族は多い。最近じゃ魔族の中で割と秘密でもなくなっている」
と蝿頭のベルバブゼが驚く内容を口にする。
…だけど、蝿頭が喋るのもなかなか驚きで気持ち悪いので、私の今の表情は驚きではないだろう。
「そりゃそうさ。あんな子供騙しを信じて生きているのは人間くらいなものだ。それに魔王幹部たちもなかなかめでたい。事実を知っていると言うと何をされるか分からないのだから、大抵の魔族は本当のことを知っていても知らないフリをする。ヤツらはそれを鵜呑みにしているんだからな」
ファーシルの隣のモヤッとした人の形をした影のようなマンモが流暢に話す。
本当だ…霧のくせによく喋る。
…それにしても、実は人間は知らない魔王の事情は魔界では割と知れ渡っているようだ。
まあ、秘密ってのは大体そんなものか…
「…で、本当は魔王がいないって事情よりも、私たちセブンシスターズの存在の方が興味があるっていうのは、アンタたちがアンネを人質にすることと何か関係があるの?」
再びファーシルへと視線を戻した。
…そうだ。
魔王の事情とは人間が恐れている魔王が本当は存在しない事である。




