FILE 009
FILE 009「ゴーグルの向こう側」
ひとしきり笑い合った後、部屋には穏やかな沈黙が流れていた。
小さな魔導灯の光に照らされながら、それぞれが残りの焼き菓子を口に運ぶ。
その静けさは、決して気まずいものではなく、お互いの存在を心地よく受け入れている証拠のようだった。
そんな静寂を破るように、バレリアがベッドに寝そべり、肘を突いてミナの顔をじっと見つめた。
「そういえばさ。ずっと気になってたんだけど」
「え……?」
「ミナはなんでいつも、そのゴーグルをつけてるの? 任務の時だけじゃなくて、訓練の時も、移動の時も、いっつも頭に載せてるじゃない」ズバッと核心に切り込んできたバレリアの言葉に、床に座っていたイズモが「あ……」と小さく息を呑んだ。
イズモも気になってはいたものの、先輩の秘密に触れるようで、どうしても聞けなかったのだろう。
二人の視線が、自然とミナの額へと集まる。
ミナは無意識に手を伸ばし、いつもそこにある、使い古された革のゴーグルにそっと触れた。「これは……」言葉が途切れる。
話していいのだろうか、と迷う気持ちが少しだけ頭を過った。
けれど、月明かりの下で自分を真っ直ぐに見つめてくるバレリアの瞳と、心配そうにこちらを見守るイズモの瞳を見ていると、自然と頑なだった心が解けていくのが分かった。
「……私の、お守りなんです」ミナはぽつりと、静かに語り始めた。
「私は元々、魔力の出力が不安定で……。小さな頃から、感情が高ぶると魔法が暴走してしまうことがよくありました。周りの人たちからは、いつ爆発するか分からない化け物みたいに扱われて。誰も私に近づこうとはしませんでした」
思い出すのは、薄暗い部屋で一人、自分の両手を見つめて怯えていた幼い日々の記憶。
そんなミナの脳裏に、ある一人の魔女の姿が浮かぶ。
「でも、一人だけ、私を怖がらずに傍にいてくれた魔女の先輩がいたんです。その人は、暴走しかけた私の魔力をいつも優しく受け止めて、魔法の使い方を教えてくれました。そして……私が自分の力を怖がって泣いていた時、このゴーグルを頭に載せてくれたんです」ミナは額のゴーグルを外し、愛おしそうに両手で包み込んだ。
「『もう大丈夫、これを着けている間は、世界が少し狭くなる。余計なものは見えなくなる。だから、自分の手元にある魔法だけに集中しなさい。そうすれば、絶対に大丈夫だから』って、その人が言ってくれて」
「……その人、今は?」バレリアが、いつになく真剣なトーンで低く尋ねる。ミナは少しだけ寂しそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。
「数年前に他界しました……。このゴーグルは、その人の遺品なんです」部屋の空気が、シンと静まり返る。
イズモは胸を締め付けられたように目元を潤ませ、言葉を失っていた。「私は、今でも自分の魔法が怖いです、自分の箒を壊してしまった事もあります」ミナはゴーグルをしっかりと握りしめた。
「でも、これを着けて、あの人の言葉を思い出すと、不思議と暴走が収まるんです。だから……私にとっては、あの人と今でも繋がっていられる、世界でたった一つの大切な仲間なんです」そこまで一気に話し終えて、ミナはハッと我に返った。
急にこんな重い過去を打ち明けられても、二人が困ってしまうのではないか。そう思って、慌てて「あ、すみません、変な話を――」と言いかけ、言葉を止めた。バレリアがベッドから身を起こし、ミナの頭をガシガシと乱暴に、だけどどこか優しく撫で回したからだ。
「な、何をするんですか、バレリアさん……!」
「何って、ちょっと感心しただけよ。なーんだ、ただの形見ってわけじゃないのね。ちゃんと戦うための相棒なんだ」バレリアはニカッと白い歯を見せて笑った。
「格好いいじゃん。ますます気に入ったわ」
「バレリアさん……」ミナが目を丸くしていると、今度はイズモが両手でミナの手をそっと包み込んだ。
その手は少し震えていたけれど、とても温かかった。
「ミナさん……お話ししてくれて、ありがとうございます。私、そのゴーグルを着けて戦うミナさんを見て、本当に格好いいって思っていたんです。その……先達の魔女の方想いも一緒に背負って戦っているから、あんなに綺麗だったんですね」二人の真っ直ぐな言葉が、ミナの胸の奥に残っていた過去の寒さを、綺麗に溶かしていく。
ずっと「化け物の力」だと蔑まれ、一人で抱えてきた呪いのような魔力。
それが、この部屋の温かい光の中で、ただの「大切な物語」へと変わっていく気がした。
「……ありがとう、ございます」ミナはゴーグルを再び頭へと載せた。
今度は、二人の前で。「よし! しんみりした話はここまで!」バレリアがパンッと手を叩き、ニヤリと笑う。
「ミナの秘密も聞けたことだし……次は、明日の任務の『本当の作戦』を練りましょうか」夜はまだ、始まったばかりだった。
ゴーグルの向こう側にあるミナの瞳には、月明かりよりも眩しい、二人の仲間の笑顔が映り込んでいた。




