FILE 005
Witch Squadron FILE 005『空へ返す者たち』
敵大型飛行体迎撃戦。
次々と傷ついていく味方。
撤退の二文字が脳裏をよぎるが、ここで退けば敵の追撃により、基地に残る仲間たちへも危険が及ぶ。
覚悟を決めたゴーグルの魔女は、単独で敵中枢への高高度突撃を敢行した。
「リミッター、全解除……!」
白熱化する前方干渉フィルター。限界を超えた、狂気的な加速。
フィルター越しに伝導した摩擦熱によって、槍型箒のフレームそのものが赤熱化していく。
それは夜空に、たった一本の流星のような光跡を刻んでいた。
命を賭した突撃により、敵大型個体は撃破。
だが――その代償は、あまりにも大きすぎた。
【帰投報告:魔力流路崩壊。前方ユニット損壊率九十二%。フレーム歪曲。干渉フィルター全損】
格納庫へと、文字通り墜ちるように帰還した箒は、誰の目から見ても致命的な状態だった。
箒の持ち主は着陸と同時に投げ出され、勢いで転がって壁に激突した。
けたたましい警報音が鳴り響く。
血相を変えた整備班が、一斉に駆け寄る。
焼け焦げた装甲。
無残にねじ曲がった槍型フレーム。
原型を留めず、ドロドロに溶け落ちた推進制御部。
若い整備員が、呆然と呟いた。
「……なんだよ、これ……」
誰も、返す言葉を持たなかった。
その時だった。衝撃で吹き飛ばされ、床に倒れていた魔女が、ふらつきながらも力なく起き上がった。
ゴーグルの奥の顔は、幽霊のように青白い。
しかし、彼女は自分の怪我を顧みるよりも先に、崩壊した箒へと這い寄った。
震える手で、黒く焼けた装甲に、ひん曲がったフレームに触れる。
「……ごめんなさい。ごめんなさい……」消え入りそうな声だった。
誰もが息を呑み、動けない。
魔女はそのまま、ゆっくりと振り返った。
そして、一歩前に進み出た整備長の前で、深く、深く膝をついた。
誰も、止めることなどできなかった。
冷たい床へ額が叩きつけられるほど、少女は深く頭を下げる。
「お願いします……!」声が、激しく震えていた。
「この子を……この子を、助けてください……!」格納庫が、水を打ったように静まり返る。
若い整備員が、信じられないものを見るように呟いた。
「……機体、ですよね。ただの、機械なのに……」誰も答えない。
魔女は顔を上げた。
その顔は、涙と煤でぐしゃぐしゃだった。
「まだ飛べるんです……!」
「この子、まだ……まだ、私と一緒に飛びたがってるんです!!!!」
整備長は、ただ黙ったまま、激しく泣きじゃくる少女を見下ろしていた。
やがて、静かに口を開く。
「……名前は」
魔女は涙を拭うことも忘れ、弾かれたように答えた。
「future sky!」
整備長は小さく息を吐き、首を振った。
「そりゃ、その箒の名前だろ」
格納庫の空気が、ぴたりと止まる。
整備長は、床に這いつくばる少女の瞳を、真っ直ぐに見据えた。
「俺が聞いてるのは、今そこに跪いて、泣いてるお前さんの名前だ」その瞬間。
魔女の表情が、凍りついたように止まった。
初めてだった。
誰もが自分を便利な兵器――“魔女”としてしか扱わないこの世界で。
彼女自身の、一人の人間としての名前を求めてくれたのは。
数秒の沈黙。やがて少女は、溢れ出る涙を堪えながら、小さな声で答えた。
「……ミナ、です」
整備長は短く頷いた。
そして、無残に焼損した『future sky』へと視線を向ける。
崩壊した前方フレーム。
融解した干渉フィルター。限界まで焼き切れた魔力流路。
客観的なデータを見るまでもない。
本来なら、一秒で「廃棄」が決定する状態だった。
長い、重苦しい沈黙。
やがて、整備長が静かに口を開いた。
「future skyは、俺たちが預かる」ミナの肩がびくりと震えた。
だが、整備長は容赦なく言葉を続ける。
その声は酷く低かった。
「……ただし、治るかどうかは分からんぞ」
格納庫の空気が、これ以上ないほどに張り詰める。
「最悪の結末も、覚悟しておけ」
ミナは溢れそうになる涙を堪え、きつく唇を噛んだ。
視線が、自分のせいで焼け焦げたfuture skyへ落ちる。
この男は、決して気休めの嘘を言わない。
だからこそ、その言葉には絶望的なまでの重みがあった。
やがて、ミナは小さく、深く頭を下げる。
「……はい」その声は、かすかに震えていた。
ミナが格納庫を去り、重い鉄の扉が閉まる音だけが残響となって響く。
誰も動けない。
冷たい床には、先ほどまで少女が額を擦りつけていた跡と、落ちた涙の痕跡だけが残されていた。
若い整備員が、耐えかねたように小さく呟く。
「……なんでそこまで、ただの機械なのに……」誰も返事をしない。
整備長は黙ったまま、壊れ果てたfuture skyを見つめる。
長い、長い沈黙。
やがて、整備長が静かに言った。
「……おい、誰か」
地を這うような低い声だった。
「こいつを『廃棄』だって言ってみろよ」格納庫の空気が、一瞬で凍りついた。
整備長は焼けたフレームへと、ゆっくり歩み寄る。
「見てただろうが、お前ら」それは怒鳴り声ではなかった。
だからこそ、骨に染みるほど重かった。
「たった今、俺たちのお姫様が……ミナ様がだッ!」
「床に土下座までして、この機体を治してくれと仰られたんだぞ!」整備員たちの顔が強張る。
整備長は、炭化した装甲へ愛おしそうに触れた。
「お前たちは……ただ元通りに治すだけで満足か?」
沈黙。
「あの小さな体に、あんなボロボロの姿で土下座までされて……心苦しくねえのかよ」その言葉に誰も否定できなかった。
あの必死な姿を見て、胸をかきむしられるような衝動を感じなかった者など、この場に一人もいるはずがなかった。
整備長は、集まった整備員たちを一人ずつ見渡す。
「プライドも何もかも捨てて、あの子は俺たちの『腕』に命を預けたんだぞ」
その瞬間、若い整備員が悔しそうに唇を噛み切った。
整備長は、焼損したfuture skyへ視線を戻し、語りかけるように呟いた。
「俺たちは戦場までついていってやれない。だったら……せめてあの方を守り抜けるだけの力を、俺たちの手でこの鉄塊に与えてやるしかねえだろうが」
長い沈黙。
それを破ったのは、一人の整備員が工具箱を叩きつけるように開く音だった。
「……右のメインフレーム、まだ生きてます!」弾かれたように、別の整備員が端末のキーボードを叩き始める。
「前方ユニット、基礎設計からやり直せます! やらせてください!」さらに、怒涛のように声が重なっていった。
「魔力流路、バイパス含めて全部引き直します!」
「冷却系統、規格外の新型をぶち込めます!」
「干渉フィルター、耐熱限界を現行の三倍まで跳ね上げてみせます!」
誰一人として。
もう二度と、“廃棄”などという言葉は口にしなかった。整備長は、獰猛な笑みを浮かべた。
「そうだやるなら徹底的な強化だ! 最高のやつを、もし姫様がまた無理しても壊れないように、無事帰還できるように!!!!これ以上ない化け物を作り出すぞ!」
そして、焼け焦げたfuture skyへ、静かに、しかし強く手を置いた。
全員に振り向き、吼えるように命じる。
「――あの方の相棒を、最高の状態の『その先』へ引き上げて、もう一度あの空へ返すぞ!」
後に整備部は、この無謀な改修計画をこう呼ぶことになる。
――『Future Sky 最強強化改修計画』それは、人類史上もっとも美しく、もっとも採算を無視した、狂気的な開発競争の始まりだった。




