FILE 002
Witch Squadron FILE 002『飛行適性試験』
魔女の存在が確認された直後。
統合作戦司令部は、直ちに飛行補助装備の開発計画を始動させた。
既存の航空技術を転用した、量産型飛行ユニット。
強力な推進装置。精密な姿勢制御補助。
そして、彼女たちのための“専用”武装。
理論上、それは既存の戦闘機を遥かに凌駕する機動性能を発揮するはずだった。
――しかし、結果から言えば。試験は初日から崩壊した。
「重いです」最初の魔女は、離陸前にそう呟いた。
技術主任が手元の端末を確認する。
「重量は、君たちが使っていた旧型の箒とほぼ同じはずだ」
「でも、重いです」少女の瞳は真面目そのものだった。
別の魔女が試験機を見つめる。
「この子、飛ぶのが下手そう」若い技術士官が困惑を隠せずに言った。
「……飛行補助AIの不具合か?」
「違います」少女は即答する。
「空の掴み方です」沈黙。記録担当官のペンが止まる。
「……空の?」試験開始。第一試験機、正常浮上。
推力、安定。
姿勢制御、正常。
モニターに並ぶのは完璧な数値。
にもかかわらず。
「怖い!」着地と同時に、魔女が叫んだ。
「前に引っ張られすぎます!」
「加速に対して慣性制御も働いているはず――」
「違います!」少女は珍しく強い声を張り上げた。
「この子、止まるのが苦手なんです!」技術部に沈黙が降りる。
第二試験。別の魔女が、飛行開始直後に急停止した。
「ごめんなさい、無理です」
「どこに問題がある?」
「後ろがうるさいです」
「……駆動音か?」
「いえ。なんか、落ち着かないんです」技術主任は、頭を抱えるように天井を見上げた。
第三試験。
「旋回すると、右側だけ怖いんです」第四試験。
「高いところに行くと、急に機嫌が悪くなります」第五試験。
「火花の匂いが痛いです」
第六試験。
「これ、空気が硬い日に飛ぶように出来てません?」
「そんな調整はしていない!」技術主任の怒声が格納庫に響く。
しかし、魔女たちは真剣だった。誰一人としてふざけてなどいない。
それが余計に、技術部を精神的に追い詰めていく。
推進効率、重量比、加速性能、エネルギー出力。
数値はすべて完璧だった。だが、結果だけがどうしても一致しない。
ある魔女には最高評価だった装備が、別の魔女には「怖い」と拒絶される。
中には、推進器を停止しているにもかかわらず飛行を継続する者すら現れた。
逆に、理論上は完全適合のはずの機体で、1センチも浮上できない例もある。
「何が違うんだ……」技術主任は、掠れた声で呟いた。
その横で、若い整備員が泣きそうな顔をしている。
「『前が寂しい』って、報告書にどう書けばいいんですか……」別の整備員が、死んだ目で答えた。
「昨日は『夕焼けだと飛びやすい』だったぞ……」格納庫の隅。
一人の魔女が、試験機をそっと撫でていた。
試験で使用され、あちこちが傷ついた初期型の量産ユニット。
本来なら、ただのボロとして廃棄される予定の機械だ。
だが少女は、まるで怯える小動物を落ち着かせるように、優しく触れていた。
「この子、真っ直ぐ飛びたがってるんです。だから、旋回が怖いんだと思います」技術主任は言葉を失った。
理解はできない。
理論も通じない。
だが――彼女たちは現に飛んでいるのだ。
既存の航空戦力すら決して届かなかった、遥か高みの空を。
その事実だけは、誰にも否定できなかった。
彼女たちが求めているのは、規格化された兵器ではない。
自分の一部として、最高の空を飛ぶための「専用の箒」なのだ。長い沈黙ののち。技術主任は深く息を吐き、疲れ切った、しかし確かな声で言った。
「……量産化を前提にしている限り、無理だ」格納庫が、水を打ったように静まり返る。
「こいつらは兵器じゃない。飛び方そのものが、一人ひとり違うんだ」少女たちを見る。
誰一人として、同じ空を飛んでいない。
「全員分、作り直す」技術主任は端末を乱暴に閉じた。
「お前たちが、もう一度『空を飛びたい』と思える装備を作る」その日、統合作戦技術開発局は正式に方針転換を決定した。
全機共通規格による量産運用計画を凍結。
各魔女の飛行特性に合わせた、完全オーダーメイドの専用装備開発への移行。
のちに『Witch Squadron 専用飛行装備計画』と呼ばれることになる、果てなき戦いの始まりだった。
そして技術主任は、その計画と共にその名を世界に刻むこととなる。
――それは、また別の話である。




