FILE 19
FILE 19「戻りつつある影」
技術主任は静かに一枚の資料を机へ置いた。
「まず結論から言う。とても悪い報告をしなければならない」
工場長が腕を組む。
「お前がそこまで言うなら、よほどの事だろう」
料理長も表情を引き締める。
「…… 今度は何が起きた」
技術主任はゆっくりと息を吐いた。
「観測班が敵大型個体を確認した。現在、こちらへの進路を維持している」
数秒の沈黙が流れた。
「識別結果は――ディザスター級だ。」
工場長が低い声で呟く。
「あの時、あいつらが命をかけてようやく退けてくれた化け物か……」
「またあいつが来るのか!! だが当時レイラがいたような戦力は、今ここにはないぞ。それに無理をして犠牲なんて出してみろ、お前らの首をねじ切る覚悟だ!!」料理長が怒りと焦りを込めて声を荒らげた。
工場長は資料を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。やがて、ぽつりと小さく名前を呼ぶ。
「…… レイラ。」
その一言に、全員が一斉に視線を向ける。
「昔、あいつ専用に作った試作機があったな」
技術主任がすぐに応じる。
「あのレイラ専用背部ユニットのことか。確か試作機一式は資料庫に厳重に保管されているはずだ。だが今更それを引き出すおつもりか? あのユニットの技術的なノウハウは、すでに現在の主力装備『箒』にも取り入れられている。それ以上、改めて検証する必要があるのか?」
すると整備長が前に出るように言った。
「確かに俺も当時の製造作業に携わった。だが、どうしても最後まで腑に落ちない点がいくつか残っていた。それを改めて確かめるために、一度貸し出してほしい。」
技術主任は眉をひそめ、机の上の資料の端を指でなぞりながら反論する。
「腑に落ちない点、だと? あのユニットは出力効率だけは破格に高かったが、その分安定性に致命的な難があり、量産化には至らなかった。レイラ自身が特別な身体適性と操作感覚を持っていたからこそ、かろうじて制御できた代物だ。今の誰が使っても、高出力に機体と人間の両方が耐えられず、最悪は爆発や損壊に至る危険性が高い」
「だからこそ、今こそ見直す価値がある」整備長は声を落ち着かせながらも、一歩も引かない強い眼差しを向ける。
「当時はレイラ以外に扱える者がおらず、危険すぎると判断して封印した。だが今直面している事態に比べれば、その『危険な可能性』に賭ける価値は十分にある。敵がディザスター級ともなれば、通常の装備と戦力では最初から勝ち目が薄い。少しでも勝算を上げる手段を探さなければ、俺たちが守るべきこの拠点と人々の命が、全部奪われてしまうぞ」
料理長は拳を強く握り、苛立ちと不安を抑え込むように言った。
「試して失敗すれば、それこそ余計な犠牲を増やすだけだ。だが…… 何もせずにただ待っているだけでも、いずれ力尽きて攻め込まれる。どちらを選んでもリスクがつきまとう、というわけか」
工場長は深く長いため息をつき、その場にいる二人を順にしっかりと見渡した。
「試作機の現在の保管状態、図面や補修部品の欠落の有無、再調整に必要な人員と時間――それらを全部明確にしろ。理屈だけの空論ではなく、現実的に動かせる見込みがあるかどうかだ。技術主任、すぐに資料庫の鍵と保管記録を確認してくれ。整備長、俺も一緒に行く。現物を自分の目で確かめよう」
技術主任は無言で頷き、重い足取りで立ち上がる。緊張と不安に包まれた重い空気の中に、かすかながらも「最後の手段」を探ろうとする決意が生まれ始めていた。
――だが、この時はまだ誰一人として知らなかった。
長い年月の間、厳重に封印され続けた試作機。
その根本にある設計思想こそが、彼らの運命そのものを大きく変えることになるとは。




