FILE 015
FILE 015『技術主任、胃痛再発』
前線から帰還した翌日。
統合作戦技術開発局・第一格納庫には、朝から異様な静けさが漂っていた。
誰も口を開かない。
整備員たちの視線が、ただ一点へと突き刺さっている。
そこにあるのは――、「元」二機の専用飛行ユニットだった。
ミナ専用機『Future Sky』。
そして、バレリア専用機『Raven's Claw』。
正確には。かつてそう呼ばれていた、鉄くずの山である。
「……墜落事故ですか?」新人整備員が恐る恐る尋ねた。
隣の若い整備員は、死んだ魚のような目で首を振る。
「違う」
「敵襲?」
「少し違う」
「爆発事故?」
「爆発はしただろうな、だが違う」新人整備員は改めて残骸を見つめた。
『Future Sky』は機首側のフレームが完全にひしゃげ、なぜか自身の槍と一体化した無惨な姿を晒している。
『Raven's Claw』に至っては、目も当てられなかった。
巨大な爪型兵装は根元から引き千切られ、推進器は熱で半ば溶解し、装甲は墨のように炭化している。
どこからどう見ても、即座に廃棄処分されるべき粗大ゴミだった。
「じゃあ、何が起きたらこうなるんですか」若い整備員は遠い目をして、ぼそりと呟いた。
「本人たちがやった」
「は?」その本人たちは――。
格納庫の隅で、綺麗に正座させられていた。
ミナ、正座。
バレリア、正座。
「「……」」二人とも置物のように微動だにしない。
整備長は火のついていない煙草を咥えたまま、二人に視線を落とした。
「怪我は」ミナがぴしりと背筋を伸ばす。
「ありません!」
「そうか」バレリアも平然と続く。
「私も、無傷」
「そうか」整備長は深く頷いた。
数秒の重苦しい沈黙。
そして――。
「じゃあ何で、あの箒は死んでるんだ」
「「ごめんなさい」」二人の声が綺麗にハモった。
「だから、先に謝るなと言っている」整備長が痛む額を押さえる。
入れ替わるように、若い整備員が損傷報告書の束を叩きつけた。
「Future Sky!」バサリ、と紙をめくる。
「推進機構、全損!」もう一枚。
「魔力流路、完全焼損!」さらにめくる。
「制御系、消失!」
「フレームが、物理的にありえない角度にひん曲がっています!」次は『Raven's Claw』だ。
若い整備員の手が止まり、口を真一文字に結んだ。
「……全部だ」新人整備員が聞き返す。
「全部、ですか?」
「全部だ」
「全部って、具体的に何が……」
「俺が知りたいッ!」格納庫が再び静まり返った。
整備長は重い足取りで残骸へ歩み寄り、焦げた装甲に指先で触れた。
歪んだメインフレームを見つめ、焼け落ちた魔力流路を視線で辿る。
やがて、整備長の眉が深くひそめられた。
「……おかしい」若い整備員が振り返る。
「何がですか?」整備長は『Future Sky』を指差した。
「ここだ。本来の設計なら、負荷がかかった時点で先に折れるはずだ」次に『Raven's Claw』を指す。
「こっちもだ。安全弁が働いて、先に推進器が吹き飛ぶ設計になっている。……だが、限界を超えてなお、機体が持ちこたえちまっている」新人整備員が首を傾げた。
「つまり……どういうことですか?」整備長は短く吐き捨てた。
「分からん」沈黙。若い整備員が絶叫した。
「整備部のトップが分からないんですか!?」
「分からんものは分からん! 二人の魔力が異常だったとしか言えん!」その時だった。
格納庫の重厚な気密扉が、駆動音を立てて開き始めた。
「あ、あの……」消え入るような声の主は、解析担当のイズモだった。若い整備員が弾かれたように振り返る。「来たか」整備長も重々しく頷いた。
イズモは怯えるように、恐る恐る二機の残骸へと近づいた。
そして――『Future Sky』の無惨な姿を目にした瞬間。
「あっ」その小さな呟きに、格納庫の全員が過敏に反応した。
「あっ、だと?」イズモの目が、オタク特有の熱を帯びて輝きだす。
「なるほど……そういうことですか!」若い整備員が身を乗り出して食いついた。
「おい、理由が分かるのか!?」イズモは興奮を抑えきれない様子で激しく頷いた。
「はい! これは『Future Sky』側が限界出力状態で魔力圧縮を維持しながら、推進器を逆位相同期させていて……その高密度なエネルギー状態のまま、『Raven's Claw』が展開した局所魔力渦のド真ん中に飛び込んでいるんです。つまり双方の干渉波が――」横で聞いていた新人整備員が、ぽつりと言った。
「分からん」若い整備員がイズモの肩を掴んで揺さぶる。
「一回、俺たちの理解できる言語で言え!」イズモが急ブレーキをかけられたように固まった。
「えっ」
「技術屋以外にも分かるようにだ」
「えっ……ええと……」イズモは数秒間、天を仰いで必死に語彙を探した。
そして、絞り出すように言った。
「……すごく、頑張った?」格納庫の全員が、揃ってズッコケそうになった。
「それは見れば分かるわ!」呆れ果てたため息が格納庫に広がっていく。
その様子をみて、格納庫の片隅で正座した二人、バレリアが小さな声でミナに問う。
「アンタ今の説明わかった?」
「・・・・全く解りません」二人は微動だにしないまま、正座を続けている。
しかし、イズモはまだ諦めていなかった。
今度は焼け焦げて千切れかけた魔力流路を指差す。
「でも、ここを見てください。流路のパターンが書き換わっています」若い整備員が眉をひそめた。
「誰が書き換えたんだ? そんな時間はなかったはずだろ」イズモは不思議そうに首を傾げた。
「誰でもありません。――機体が、自ら」
新人整備員。「は?」若い整備員。
「はあ?」「独自の自己補正プログラムが走った形跡があります」
「機体が、自分で流路を組み替えたって言うのか……?」あ然とする整備員たちの中で、整備長だけが顎をさすった。
「……あの二人なら、やりそうだな」新人整備員がすかさずツッコむ。
「なんでそこで納得しちゃうんですか!?」そんな大人たちの喧騒をよそに。
格納庫の隅では、相変わらず二人の少女が綺麗に正座していた。
ミナ、正座。バレリア、正座。
「「……」」張り詰めた沈黙の中、バレリアが唇をほとんど動かさずに小声で囁いた。
「……足、終わった」ミナも正面を見つめたまま、蚊の鳴くような声で返す。
「……私もです。感覚がありません」
「崩す?」
「……怒られます」
「だよね」
そして、長い解析作業の末。
イズモはついに、この怪現象の最終結論を導き出した。
「つまり」全員の視線が、データ端末を構えたイズモに集中する。
「『Future Sky』と『Raven's Claw』は、限界以上の負荷に耐えながら相互に干渉を起こし、その結果――」
「起こして、どうなった?」イズモはキリッとした真顔で言い放った。
「……根性で動いていました」格納庫を襲う、本日一番の沈黙。
若い整備員は報告書を閉じた。
「つまり原因不明ってことか」
「原因は分かりました」
イズモが真顔で言う。
「何だ」
「ミナ先輩とバレリアさんです」
「それは最初から知ってる」
若い整備員が、そっと整備長を振り返った。
「整備長」「ああ」二人の声が完璧に重なる。
「「技術主任を呼べ」」その瞬間だった。
格納庫の重厚な気密扉が、今度は勢いよく跳ね上がった。
「朝から何の騒ぎだ、喧しい」現れたのは、不機嫌を絵に描いたような顔の技術主任だった。
主任の鋭い視線が、無残に大破した二機のユニット、死んだ目をしている整備班、そして――。
部屋の隅でピシッと正座している二人へと、順番に向いていく。
このたった数秒で、胃が痛くなる技術主任。
主任の額に青筋が浮かんだ。「……何をやった」ミナが弾かれたように叫ぶ。
「ごめんなさい!」バレリアもすかさず乗っかる。
「ごめんなさい!」技術主任は天を仰ぎ、深く、深ーくため息を吐き出した。
「だから、先に謝るなと言っているだろうが……!」
その怒声の裏で、格納庫のどこかから、緊張の糸が切れたような小さな笑い声が漏れた。




