第六章:星を砕く再会 ― 青い閃光の救済
神戸港へと猛スピードで疾走するトラックの荷台で、レイチェルと瀬戸は激しく揺さぶられていた。
背後からは、菱崎重工の警備車両が放つサイレンと、工作員との激しい銃撃音が響いている。
「……ああっ!」
衝撃と共に、トラックの屋根が強引に引き剥がされた。
工作員が追跡車両を振り切るために荷台の固定を外したのだ。
吹き込む夜風と、頭上に広がる夜空。
「レイチェル、見ろ! 菱崎の追跡機だ。助かるぞ!」 瀬戸が指差す先、数機のドローンと警備ヘリのサーチライトが、闇を切り裂きながら迫っていた。
しかし、その希望は数秒で絶望へと塗り替えられる。
煙幕の中から放たれた工作員の対空ミサイルが、追跡機を次々と火だるまに変えたのだ。
爆発音と共に、一つ、また一つ、救いの光が墜落し、海へと消えていく。
やがて、銃声は止んだ。
再び訪れたのは、凍り付くような静寂と、何も見えない真っ暗な空。
「……全滅だ。もう、誰も来ない」 瀬戸の声から力が抜けた。
彼は剥き出しになった荷台の隅で、震える手でレイチェルの肩を抱いた。
「すまない、レイチェル……。君を巻き込むつもりはなかった。
港に着けば、僕たちは別々の施設に送られるだろう。
君は、アイリスの『生体データ』として分解され、二度と外の世界を見ることはできない……。君の家族も、村も、おそらく菱崎の隠蔽工作で――」
瀬戸の絶望に支配された、力ない言葉が、レイチェルの不安を極限まで押し広げる。
(分解? 私が……? もう、お父様にも、お姉ちゃんにも会えないの?) 暗闇の中で、彼女は孤独に押し潰されそうになっていた。神に祈る言葉さえ、冷たい海風に攫われていく。
「お姉ちゃん……助けて、お姉ちゃん……!」
暗闇しかない絶望の淵で、レイチェルが天を仰いだ、その時だった。
漆黒の空の果てに、一つの「星」が生まれた。
それは最初、針の先ほどの小さな白い点だったが、瞬く間に大気を焼き、烈火のような**「青い光」**となって夜空を真っ二つに切り裂いた。
「……何だ、あれは。隕石か!?」
工作員たちが色めき立つ。だが、それは無機質な岩石などではない。
時速数千キロという狂気の速度で、衛星軌道から直下。衝撃波が海面を割り、トラックの走行を狂わせる。
――ドォォォォン!!
トラックの直前に、その「光」は突き刺さった。
アスファルトが爆ぜ、炎のカーテンが上がる。
沈黙する煙の中からゆっくりと立ち上がったのは、ボロボロの服を纏い、右腕をだらりと下げた、レイチェルと全く同じ顔を持つ少女。
「……アビ、ゲイル」
レイチェルの震える声に反応し、アビゲイルが顔を上げた。
その瞳は、暗闇を拒絶するように鮮烈な青に輝いている。
彼女は言葉を発しない。
ただ、襲い掛かろうとした工作員たちを、たった一睨みの威圧感で硬直させた。
「レイチェル。……迎えに、来たわ」
アビゲイルの声は、数年前のあの救出の時と同じ、静かで、温かい響きを持っていた。
レイチェルは荷台から転がり落ちるように走り出し、アビゲイルの胸に飛び込んだ。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
レイチェルは、アビゲイルの壊れた右腕も、焦げた服の匂いも構わずに、その体を強く、壊れるほど抱きしめた。
アビゲイルもまた、残された左腕で妹を力強く抱き上げる。
その光景を見ていた瀬戸は、言葉を失った。
本来、アンドロイドに「抱きしめる」という動作の優先順位は低いはずだ。
だが、今の彼女たちは、どれほど精密なセンサーでも測りきれない、深い魂の絆で結ばれていた。
「……ああ、そうだ。あれは兵器なんかじゃない」 瀬戸は涙を流しながら笑った。
「あれは、ただの……かけがえのない、家族なんだ」
燃え盛るトラックの炎を背に、青い光を宿した姉妹は、誰にも邪魔できない神聖な沈黙の中で、いつまでも抱き合い続けていた。




