第七章:鉄の教えと、命の駆動
1. 技術者たちの反乱と「引き算」の改造
菱崎重工の秘密ラボには、奇妙な顔ぶれが揃っていた。元技術者の社長、車椅子の瀬戸、そして明石の頑固親父・佐藤。彼らは、横たわるアビゲイルを前に、彼女の「真意」を測りかねていた。
「おい、アビゲイル。あんたほどの性能があれば、人類を支配する女王にだってなれる。……そういう野望はねえのか?」 佐藤が、映画の悪役を想起させるような問いを投げかける。
「システム的に『夢』を持つなんて不可能です。でも、もし自由な計算資源を与えられたら、君は何を望む?」 瀬戸が、技術者としての限界を認めながらも問いかける。
「お姉ちゃん。……もしかして、素敵な男の子と恋がしたいの?」 レイチェルが、一人の少女として冗談めかして尋ねた。
アビゲイルは静かに、けれど迷いのない声で答えた。 「いいえ。私が望むのは、私の存在が家族の重荷にならないこと。……私がいることで、お父様やレイチェルがコミュニティで陰口を叩かれないこと。私は、アーミッシュの家庭に溶け込み、共に汗を流し、共に祈る存在になりたい。人のような権利も、財産の所有もいりません。ただ、皆が笑う夕食のテーブルの端に、居場所があればいいのです」
そのあまりにも質素で、あまりにも「人間」としての誇りに満ちた願いに、場は凍りついた。 「……馬鹿野郎」 佐藤が目元を拭った。 「世界最強の兵器が、ただの『家族』になりてえってか。……これ以上の目標はねえな」
技術者たちは、目標を定めた。それは「いかに高性能にするか」ではなく、「いかに高度な技術を隠し、愛される不自由さを再現するか」。 彼らは、大気圏突入さえ可能にする駆動系を「農作業の持久力」へ、瞬時に敵を無力化する演算能力を「作物の病気を見抜く知恵」へと書き換えていった。
2. 総理の問いと、オルドゥヌングの本質
完成したアビゲイルを前に、重苦しい足音と共に総理大臣が現れた。彼は官僚たちを制し、まっすぐにレイチェルを見つめた。
「レイチェルさん。一つだけ確認させてください。彼女をあの不自由な村に連れ帰ることが、本当に彼女にとって、そしてあなたにとっての幸せなのですか? ここにいれば、彼女は『神』として祀られることも、最新のメンテナンスを受け続けることもできる。わざわざ苦労の多い場所へ戻る必要があるのですか?」
レイチェルは総理の目を逸らさず、誇りを持って答えた。 「総理。私たちの『オルドゥヌング(規律)』は、何かを禁止するためにあるのではありません。それは、家族やコミュニティの絆を何よりも強固にするためにあるのです。不便であるからこそ、私たちは助け合い、手を取り合うことができます。その繋がりの中にこそ、私たちの幸せがあります」
彼女はアビゲイルの、今はまだ動かない右手を優しく握った。 「生まれ変わったこのお姉ちゃんなら、村の人たちもきっと分かってくれます。彼女は兵器ではなく、私たちの家族を一つにするための、神様からの贈り物なのだと」
総理は深く頷き、隣の官僚に短く命じた。 「……聞こえたか。彼女たちは、我々が失いつつある『心の幸せ』の答えを持っている。それを邪魔することは、未来への反逆だ。直ちに、彼女たちの帰郷を承認しなさい」
3. 「ニンジャ」の疾走と、アホな情熱
アメリカの空軍基地。政府専用機から密かに降りた二人の前には、佐藤と社長が心血を注いだ「最終成果物」が置かれていた。
「これを見ろ。自転車だ。……名前は『ニンジャ・ジェミニバージョン』」 社長が鼻の穴を膨らませて自慢する。
「おじいちゃん、これ、どう見てもバイクよ……」 「馬鹿言え、ペダルがついてりゃ自転車だ。アビゲイル、お前の『新しい筋肉』なら、これを回せるはずだぞ」
アビゲイルがサドルに跨り、レイチェルがその腰にしがみつく。 「いくわよ、レイチェル」
シュンッ!
アビゲイルが本気でペダルをひと漕ぎした瞬間、重力の鎖が弾け飛んだ。 滑走路を、時速二百キロという物理法則を無視した「自転車」が駆け抜ける。
「……菱崎さん、アホですか。あんなの、誰がどう見ても自転車じゃないでしょうに」 政府専用機の窓からそれを見ていた総理は、呆れたように、けれどどこか羨ましそうに呟いた。
エピローグ:琥珀色の道へ
二人はペンシルベニアの境界で、その「ニンジャ」を降りた。 そこからは、ゆっくりと、風の音を聞きながらペダルを漕ぐ。もう、空を裂く青い光も、燃え盛るトラックも、冷たいハンダごての熱もない。
「お姉ちゃん、右腕……重くない?」 「いいえ。とっても温かいわ、レイチェル」
琥珀色の牧草地が見えてくる。 バギーを止め、驚きと喜びに顔を歪める父の姿が見える。 アビゲイルは、佐藤たちが「家族を抱くため」だけに再設計した新しい右腕で、父と妹を力強く、そして限りなく優しく抱きしめた。
最新のテクノロジーが、最古の生活の中に溶け込んでいく。 それは、世界で一番不自由で、世界で一番幸福な、新しい家族の始まりだった。
こういうの日本語でなんていうんだっけ?家族団欒?世界平和?




