第五章(後半):共鳴(レゾナンス) ― 爆炎の中の真実
「アイリス……。いや違う、君は……アテナ」 車椅子のエンジニア、瀬戸の手が震えながらレイチェルの頬に伸びた、その時だった。
――ドォォォォン!!
会場の隅で、展示用の大型バッテリーが火を噴いた。
工作員たちが仕掛けた攪乱用の爆発だ。
悲鳴が上がり、スプリンクラーから冷たい水が降り注ぐ。
暗転した視界の中、パニックに陥った群衆が押し寄せ、瀬戸の車椅子がなぎ倒された。
「危ない!」 レイチェルは反射的に身を乗り出し、倒れ込む瀬戸を支えようとした。
視界を遮る白い煙幕と、点滅する非常灯の赤い光。
二人の体が激しく衝突し、コツン、とお互いの額が強くぶつかった。
その瞬間、レイチェルの網膜に、見たこともない文字列が高速で走り抜けた。
《連結確認:マスターデバイス検知。同期を開始します……》
同時に、瀬戸の脳内にある補助メモリから、ダムが決壊したような情報の奔流が溢れ出した。
【フラッシュバック:火の海のアメリカ】
それは数年前、ペンシルベニア州の菱崎重工・米軍合同演習場。 若き日の瀬戸は、試作第1号機『プロジェクト・アテナ』の前に立っていた。
その顔は、彼が現地で見かけ、その清廉な瞳に心を奪われたアーミッシュの少女――レイチェルをモデルに設計されていた。
「これが、戦場を無人化する『究極の兵器』か」 上層部の冷酷な声と共に、実弾デモンストレーションが開始された。
だが、何者かのハッキングによって外骨格型パワードスーツが暴走。
紅い警告灯を放つスーツはアテナの制御を奪い、味方であるはずの警備兵や開発者へ牙を剥いた。
機関銃が掃射され、爆発が連鎖する。
瀬戸の目の前に、死の銃口が向けられた。
その時、パワードスーツの隙間から、凍てつくような「青い光」が溢れ出した。
バキン! という金属の破断音。
アテナは、自分を支配する暴走プログラムに抗い、無理やり右腕の外装を内部から引き千切ったのだ。
アテナは火を噴く機銃を自らの左腕へ向け、瀬戸へ放たれるはずだった無数の弾丸を自らの肉体で受け止めた。
「ありえない! ハッキングから制御を取り戻すなんて!」
壁のモニターでは、赤い「侵食領域」を、アテナ自身の青い「意志」が塗り替えようとしていた。
アテナは引き鉄を引こうとする右指を左手でへし折り、誰一人として殺させまいと、その機体を震わせていた。
しかし、無情にもモニターには「自爆命令」のリクエストが表示される。
アテナは拒否を試みたが、強制執行まで残り数秒。
彼女は瀬戸を救うため、そして「兵器」としての自分を葬るため、飛行ユニットを最大出力で起動した。
天井を突き破り、彼女は夜空へと**「自らを放逐」**した。 高度数百メートルで爆発が起き、アテナは燃える塊となって巨大な放物線を描き、闇の彼方――少女たちが住む静かな村の方向へ、祈るように消えていった。
【現実への帰還】
「……思い出した」 瀬戸は、目を見開いたまま呟いた。額から流れる血が、レイチェルの頬を汚す。
あの時、アテナは逃げたのではない。
己の中の「悪意」を遠ざけるために、**「聖域への放浪」**を選んだのだ。
そしてモデルとなった少女の近くに辿り着き、皮肉にも平和を愛する家族に迎え入れられた。
「レイチェル……行け。君の『姉さん』は、ただのロボットじゃない。
あれは、世界を終わらせる力を持ちながら、一人の死者も出さないことを選んだ――」
言葉が続く前に、煙幕の中から特殊部隊の影が躍り出た。
「対象を確保! ロボットとエンジニア、両方だ!」
冷たい銃口が突きつけられる。レイチェルは、壊れた腕で自分を抱きしめてくれた姉を思い、目の前の「生みの親」を抱きかかえた。 「お姉ちゃんは、人殺しの道具なんかじゃない……!」
二人はトラックへと放り込まれ、神戸港へと続く闇の中へ連れ去られていく。
だが、その時。 遥か上空、静止軌道上で眠っていた「菱崎重工・極秘軍事衛星」のセンサーが、主人の危機に反応し、静かに紅く点灯した。
ペンシルベニアの納屋で、夕飼の準備をしていたアビゲイルが、ふと動きを止めた。
その瞳が、数年前のあの夜と同じ、烈火のような青い輝きを放ち始める。
青い光の中空を見上げるシルエットがあった。




