第五章:鏡の檻と、鉄の共鳴
佐藤の工場で働くレイチェルは、ある奇妙な感覚に包まれていた。
工場に修理品を持ち込む客たちは、彼女を一目見るなり、深々と頭を下げて丁寧な敬語を使うのだ。
「お疲れ様です。こちら、アイリスの腕のメンテナンスをお願いできますか?」
彼らはレイチェルを最新型のアンドロイドだと思い込んでいる。
しかし、その接し方は単なる「機械」に対するものではなかった。
まるで大切な家族や、尊敬する相手を労わるように、物の受け渡しすら丁寧なのだ。
(アメリカでは、アンドロイドに話しかける人は変だと言われていた。でも、ここでは違う……。
お父様が、お姉ちゃんに朝の挨拶をしていたのと同じだわ)
日本人の持つ「物に心が宿る」という八百万の精神が、彼女の頑なな心を少しずつ溶かしていく。だが、その平穏は長くは続かなかった。
【意匠の謎と、菱崎重工の「流用」】
ある日、部品回収に来た菱崎重工の営業マンが、作業着姿のレイチェルを見て腰を抜かした。
「な、なぜ、最新モデルの『生体サンプル』がこんなところに……!?」
噂は瞬く間に巨大な菱崎重工の内部を駆け巡る。
数日後、高級な菓子折りを持った若手デザイナーが真っ青な顔で工場へやってきた。
「申し訳ありません! 実は……アイリスの顔データは、社内の古いアーカイブに眠っていた『出所不明の3Dモデル』を、若手が勝手に最新型へ流用してしまったものなんです」
なぜ、ペンシルベニアの田舎町に住む少女の顔データが、日本の軍需企業のサーバーに「ボツ案」として眠っていたのか。
それは、現場の人間にも預かり知らぬ巨大な陰謀の断片だった。
【潜入と、仕組まれたプロモーション】
レイチェルは、この「不祥事」を、姉を救うための鍵に変える決意をする。
「私の顔を使い続けていい。その代わり、私を本社の開発部門へ入れてほしい」
しかし、したたかな営業担当者は、彼女の美しさを利用した「究極のプロモーション」を交換条件に提示した。
タイトルは、『本物と見分けがつかないアンドロイド ――その証明』。
展示会当日。広大な会場の中央、数百体のアイリスが整然と並ぶ中、レイチェルはその一体として配置された。
周囲はすべて、自分と同じ顔、同じ服、同じポーズをした機械たち。
彼女は「潜入」するために、自分自身を「製品」という檻の中に擬態させるしかなかった。
静止し、呼吸を殺し、アンドロイドになりきるレイチェル。
その無機質な群れの中を、一台の車椅子が通りかかる。
【運命の邂逅】
車椅子に乗った若きエンジニアは、虚ろな目で並んだ人形たちを眺めていた。
誰もが「どれが本物の人間か」と騒いでいる中、彼だけは、レイチェルの前でピタリと足を止めた。
周囲の喧騒が消え、時間が止まったような沈黙。
レイチェルは瞬き一つせず、彼を見つめ返す。
その時、エンジニアの瞳に、激しい動揺の色が走った。
「……生きて……いたのか?」
彼の手が震え、レイチェルの頬に触れようとした瞬間――会場の大型モニターが激しくノイズを発した。
その光景を、会場の片隅から観察している男たちがいた。
「コントロール、対象が接触した。……それにしても、あのロボットの擬態は別格だな。市販のアイリスとは出来が違う。あんなのが市民に紛れたら、二度と探し出せんぞ」
「こちらコントロール、了解。……掃除の時間だ。直ちに作戦を実行せよ」
一分後の爆発事故に向け、物語は破滅的な速度で加速を始めた。
こういうの日本語でなんていうんだっけ?危機一髪?焼肉定食?




