今こそ月が昇る時 Ⅴ
1930年10月18日10時10分。
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
一 千代子、誕生。
生まれたときから既に5kgを超えていた彼女。
把握反射によって父親の小指を砕いた彼女は、世界に異常をきたす者として産声を上げた。
小さな頃から私は負けを知らなかった。2歳年上のお姉ちゃんじゃ相手にならず、お母さんもお父さんも私に勝ったことはなかった。
小さな頃から、近くの山に籠もっていた。
動物たちは、私の人生に刺激をくれた。
イノシシは速かった。
熊はデカかった。
蛇は毒を持っていた。
みんなそれぞれの武器があって、それぞれを活かして生きていた。私もそれに習って、生まれたときから強い力を、更に鍛えた。
小学生に入る頃、私はみんなよりも体がデカかったからいじめられた。主犯格の男の子を殴ればいじめはなくなった。
⋯⋯⋯⋯加減したとはいえ、気絶して起き上がらなかったときはびっくりした。それから、少しだけ自分の力について考えた。
中学生になる頃には、暴力は用いず穏便に。
力仕事の時だけ全力だった。
体育祭も加減して、本気でナニカに打ち込むことはなかった。
そんな時、いじめられている虎象さんに会った。
集団に集られて、蹴られて殴られて。
私は、それを見て見ぬふりをしようとしてしまった。暴力とは離れようとしていたからだ。でも、あまりにも動かないから見てられなくて、虎象さん以外を殴って病院に連れて行った。
それを発端に、私は先輩から嫌がらせを受けるようになった。
机が壊されるのなんて当たり前。家に落書きされることもあったし、荷物を燃やされていたこともあった。
一番堪えたのは机の上に花瓶が置かれていたことだった。
周囲からも心配された。
でも私は。
「あんな暴力的な奴らでも花を愛でるんだね」
なんて強がった。
本心では、とても怖かった。
山にいたときは知らなかった、悪意。
それがここまで恐ろしいものなのか、私は知った。
それから何日か過ぎた頃、先輩たちはヤクザを連れて復讐に来た。私が殴った先輩の中に、ヤクザの息子がいたらしい。
ほぼパニックの状態で私は対抗した。刃物は鋭く私を切り裂いた。銃弾は私を貫いた。
熊の爪よりも怖かった。イノシシの牙よりも恐ろしかった。
意識がない中、危うく彼らを殺しそうになった時。
虎象さんは私を止めてくれた。まだ入院していたのに、私が襲われているのを聞いて助けに来てくれたそうだ。
私はこの時、恐怖を知った。そして、助けに来てくれた虎象さんによくわからない感情を抱いた。
私も入院することになった。切り傷は良くても流石に銃痕は私の肉体でも治しきれないらしい。
何の因果か、私と虎象さんの病室は一緒。しかも隣。
他のベッドには誰もいなくて、廊下は人通りも少ない。恥ずかしいような嬉しいような、私はまた不思議な感覚に包まれていた。
「僕のせいで、ごめんなさい」
虎象さんはいつもそう呟いていた。
それは私に対してのものでもあり、彼の家族に対するものでもあった。私はこの呟きをするときの虎象さんを見たくなかった。
虎象さんを助けたいと思った。
そのためには力が足らないことも自覚した。
私はこの時からどうしようもないほ、ど虎象さんのことが好きなのだ。
一ヶ月、山に籠もって修行した。
猪の突進を止められるようになった。
熊の爪も弾けるようになった。
蛇の毒は元から効かなかったけど。
私は死に物狂いで自分を鍛えた。
「結婚しましょう!」
修行を終わらせて、身なりを整え虎象さんの家に行くなり私は告白した。彼は困惑していた。
「好きになってもらいますから、一緒に住みます!」
そう言ったら虎象さんは更に困惑した。
それでも虎象さんは、私を拒絶することはなかった。
私達にはお金が足らなかった。
だから競技問わず私は色々な部門で一位を取ってきた。陸上、水泳、球技。様々な部門で一位を総なめした私はもう来ないでくれと言われたけれど、その時には既に十分すぎるほどの財を手に入れていた。
そのお金で山を二つ買った。
一つは私がいつもいた山で、もう一つは鉄が採れる鉱山だ。その時にはお金が足らなくなりかけたから、新婚旅行ついでに掘って石油を見つけた。
掘りすぎて賠償金を請求されるとは思わなかった。
二人で家を建てた。頑丈な家だ。見た目はただの民家だけれど。
家を建ててからは穏やかだった。
一緒に食卓を囲んで、一緒に畑仕事をして。子供も生まれた。
虎象さんは月を見るのが好きだった。
でも私は夜になると眠たくなってしまうから、月を見ている虎象さんの隣にいるように想夜と名付けた。
40歳になると、私はおかしいことに気付いた。
肉体が、老化していない。
虎象さんは段々と動けなくなっているのに、私は未だ衰え知らずの負け知らず。置いていかれていくのが、私は怖かった。
遂にその日が来てしまった。
虎象さんは88歳で死んでしまった。
「貴女に何も返せなかった⋯⋯⋯」
そう言って虎象さんは私の腕の中で息を引き取った。
私は、老いていなかった。
私が虎象さんを守るために培った力は、彼に重荷を与えていた。
私は、何も考えたくなくて自分を殺すかのような勢いで自分を鍛えた。
その力の振るいどころも無くなってしまったというのに。
「こ、こんにちは」
私が落ち込んでいた時、息子が孫を連れてきた。
私を見ると息子の後ろに隠れてしまうような臆病な子だったけれど、それを我慢しようとする優しい子。
母が死んでしまったというのに、その不安をこちらに見せないようにしてしまう子。
私は、日ノ出を見たときに悟った。
この子は私が守らなくちゃいけない。
ただ、全部が全部私がやってはいけない。日ノ出にも強くなってもらうのだ。一緒に鍛えればいい。しつこく誘い続けてしまったのは失敗だったけれど。
赫と呼ばれる生物が現れて、息子と日ノ出がうちに来た。
日ノ出も、鍛えることに前向きになっていた。赫なんて脅威、私達には関係ないと思っていた。そのせいで逃げおくれてしまったのは失敗だったけれど、水泳をやっていたおかげで二人が乗った船を、韓国まで送り届けられたから大丈夫だった。
虎象さんのための力は、新たな大切なものを守るために使えた。
でも想夜は死んでしまった。
私は日ノ出に聞かせる前に聞いていた。
日ノ出が外に飛び出して、それを追いかけて外に出た時。大きなきのこ雲が見えた。小さい頃に見た、あの爆発と一緒のものだった。
目の前にいる男。これは日ノ出の敵で、世界の敵にもなる。
私の力は、今この時のためでもあるように感じた。
日ノ出のために、私はこの敵を全力で撃滅する。
「私の家族に、これ以上手を出させない」
「いいねぇ⋯⋯⋯こりゃあいい」
私はきっと今日死ぬだろう。
この男に殺されるのか?
私は誰かを守って、死ねたらいい。
当然のように銃持ちナイフ持ちの大人含む30人弱を拳で制圧する女子中学生。




