今こそ月が昇る時 Ⅳ
「私よりも長く生きているというのなら、ご伝達願おうかしら」
「へっ!お前が教わることなんかあるかよ」
「どうかしら、ね!」
千代子が足を高く上げ、地面を強く踏みつける。
その衝撃で、俺を含む大小さまざまな岩石が宙に浮く。
それを一つ抱え込むようにキャッチした千代子は、体を何回も何回も回転させる。
「おいまさかそれ!?」
「ほいっ!」
ジャイロボールのごとく地面と”水平”に投げ飛ばされた弾岩は着地の隙を見事に刈り取る。避けられねえ!なら、受ける!
「ぐっ!?ぉぉぉおおおお!!」
受け⋯きれた!
「お返しだ⋯⋯ってあら?どこいった?」
「だから言ったじゃない」
後⋯⋯!?
振り返ろうとした俺の体を、さっき受けきった岩が邪魔する。
「よそ見は駄目よ」
「ぐあッ!」
防御の構えもろくに取れない無防備の背中を、拳が撃つ。痛いなんてもんじゃねえ。威力おかしすぎんだろ。
なんで俺というクッションを挟みながら岩が砕けるんだよ?
背骨イッたか?⋯⋯まだ無事だな。
どっちかというと肋がまずいな、一本罅入った気がする。
「終わり?」
「なわけねえだろ」
崩れそうな体を叱咤し立ち上がらせる。
「こっからだ」
「いいわねぇ。久し振りにワクワクしちゃう」
笑顔が怖いんだよ。
「婆さん!蹴りは得意か!」
「あんまりよ!鉄を切れたことがないわ!」
「鉄以外は切ったのかよ」
ムエタイは多少かじってんだ。披露してやるよ!
「動きが変わったわねぇ⋯⋯」
「あんまり慣れてるわけじゃないんでね!」
ムエタイが立ち技最強と言われる所以。
それは全身使った打撃もあるが、首相撲と呼ばれる相手の首を抱え込むようにして行う攻防にある。
「頸動脈洞って知ってるか!そこを過度に刺激されると人間は体格に関わらず失神するらしい!」
「!」
こう言っとけば、相手は首を警戒せざるおえない。その隙をつく!ムエタイとプロレス、酔拳を混ぜたような動きで!
「あらあらこれは⋯⋯!」
「どうしたどうしたぁ!」
全身に隈無く打撃を打ち込む!
相手の考えが防御に向いた瞬間、千代子がボクシングの防御の構えに入った今。
真横から全力で蹴る!
「んな!?」
動かねえ!?
ん?あ、俺まぁた掴まれてんじゃん!
「痛かったから、お返しよ」
俺の足を持ち、上に投げる。
結構な高度まで投げられた俺は、空中でもがくことしか出来ず、その行動すら1秒も許されない。顔面に押し付けられた手のひらが、大地に俺の頭部を打ち付ける。
やば⋯⋯⋯マジで意識飛ぶ。
あ〜どうしよ。
止まったら俺死ぬ気がする。
「悪くなかったわよ」
「そりゃどうも⋯⋯⋯」
瞼が、俺の視界を黒に染め上げようとした時。
頭蓋を超え、脳みそへと”鉛”が侵入した。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯あ゙ぁ゙?」
俺の種族は体内に鉱物が入ると、それを吸収して回復する。つまり今、俺の脳に入った鉛が、割れた後頭部から肋までも全てを治した。
負けてない。
負けられてない。
邪魔されたのだ。
俺の喧嘩を。
誰に?
ああ駄目だ、感情の抑えが効かない。
「今撃ったやつ誰だぁ゙⋯⋯?」
喧嘩を邪魔されるのが、というよりも殴り合ってるのを邪魔されるのが大嫌いだ。酒を飲むのを邪魔されるくらい大嫌いだ。
「【地創兵】」
剣を、斧を、盾を。
携えし土鎧の巨人を生み出す。
撃ってきた方向は砦だな?
「ぶっ壊してやる」
俺とクイナはかなり似ていると言える。
本体も戦えるが、戦い方は物量に物言わせた軍団戦だ。
「行くぞ兵士共。千代子はそこで待ってろ」
「そうはいかないわねぇ。壊されるのは困っちゃうし、私も言いたいことがあるわぁ」
「⋯⋯あっそ」
「貴様!それ以上近づけば撃つぞ!」
「撃ってみろやハゲが⋯!!」
んだこいつ、俺を怒らせる天才だな。褒めてやるからそのまま死ね。
飛んできた弾丸を盾持ちの兵に防がせる。どうせ砲も銃も俺の兵を貫通できやしない。
「なぜ防ぐんだって目だな?」
「⋯⋯まあね。少し疑問に思ったわぁ」
「確かに鉱物じゃ俺は殺せない。そして俺は鉱物を吸収すればするほど強くなる特異体質だ。だから防ぐ、わかりやすいだろ?」
「いえ、わからなくなってしまうわね」
なんでだよ。
「何故強くなるのにそれをやらないのかしら?」
ん?ああそういうこと。
「分かりきったこと言うなよ。強くなりたい、それは確かに間違っちゃいない。だが俺はその強さを求める過程が好きなんだ。お前もそうだろ」
「⋯⋯⋯⋯そうですね。野暮なことを聞きましたわ」
そんなこと話してたら着いちゃったよ。というかちゃんとハゲてんだな。悪かった知らなかったんだ、許せ。
「お前ら!俺とこいつの決闘を邪魔したことは許さねぇ!俺の兵にこのまま攻め滅ぼされたくなかったら邪魔すんな!わかったら返事しろダボが!」
「⋯⋯⋯⋯ゎかった」
小さくて聞こえねえなおい!
「まあいい、二度と邪魔すんじゃねえぞ!」
どうすっかなあこのあと、結構元いた場所まで距離あんだよなぁ。
しょうがねえ。
「千代子、元いた場所まで戻ろうぜ」
「結構距離があるわよ?」
「兵ども、俺と千代子をあっちまで全力で投げろ」
「あら、スリリングで楽しそう」
普通ビビるんだけどなぁ。
岩で作られた兵士が、俺と千代子を手のひらに載せボールよろしく遠投する。だいぶ高度が高いな、着地点が心配だ。
綺麗にとはいかないが着地ィ!
「しゃあ!やろうか千代子!」
「あなたは優しいからね、本気で戦ってあげる」
「そりゃ嬉しいな!こい!」
クラウチングスタートの体勢に入り、千代子は大きく息を吸う。
さっきまで着ていたコートが、強風で飛んでいく。
On your marks.
聞こえるはずのないカウントが聞こえてくる。
Set.
どうしようもないほどの高ぶりが、全身を伝う。
何をしてくるのかという期待が胸を膨らませる。
ピストルの音は大地を砕く音で代用。
踏み出された一歩は、間合いを一瞬で詰める。
速さに驚く前に反射的に突き出した拳。
その拳を躱し、俺の顎を掴んだ手。
背負い投げのように身を捻り、どのような技を繰り出されるのかと歓喜した俺の耳に。
「ぶっ千切り」
これ以上ないくらいわかりやすい単語が叩きつけられ、振り下ろす刀の如く、千代子は俺の体を振るった。
ぶっ千切り。
腕力に物言わせた技と言えない技。顎というよりも頭を両手で鷲掴みにしながら全身を使って地面に叩きつける。
この技は、過去インドに旅行で行った際パニックで襲いかかってきた象の鼻をももぎ取った。
因みにパニックの原因は千代子おばあちゃん。そりゃ地上最強の生物と同レベルの闘気纏ってる奴がいたらビビります。




