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ただ咳をする  作者: haremame
廻編 第二章 月下日昇 災禍は来たる
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揺り籠に包まれて

未確認生命体”赫”についての報告書


氏名 真黒檜 仙次     作成日 2026年 1月7日


赫の出現から5日後、東京都日野市を完全に封鎖。封鎖に伴い多摩市、八王子市、立川市、昭島市の一部で停電が発生。特別対策本部長永山瑛太の失踪による捜査網の停滞が具体的な被害を不明にしている。しかし8月8日時点で行方不明者10,000人を超過していたことは確実である。この8月8日12時頃、政府が日野市の封鎖を未確認生命体の侵略と発表。未確認生命体を”赫”と命名し、赫の排除方法の模索を開始。この頃すでにアメリカは日本への軍事投入を検討していたとの記録も見られ、状況は酷く悪い状況だったことが伺える。













「なに⋯⋯あれ?」



さっきまで感じなかった揺れが、小さいはずの揺れが、大きく感じる。違う、地面が揺れてるんじゃない。私が震えてるんだ。



「逃げなくちゃ⋯⋯⋯」



自分の呟きではっとする。そうだ、逃げなくちゃ。パパのとこまで、家まで逃げなくちゃ⋯!



「あ、あれ?」



動かない。足が⋯⋯動かない!なんで、ねえなんで!動いてよ!私の足でしょ!


そんな強い気持ちからか、足は動く。でも歩きにくい!


走れ、走れ、走れ!あの赤いのから逃げなくちゃ、あれに追いつかれちゃ駄目!私鬼ごっこ苦手なのに!動くことが苦手、ずっと家でゲームをしていたい。散歩は好き、それでもやっぱり動きたくない。だからずっと家にいた。


それをこんなに後悔することになるなんて!


                                       

夢だ、そうだこれは悪い夢だ!だってあんなの、フィクションの中にしかいないもん!



「っ!?痛っ!」



足がもつれて、前に転ぶ。痛い。膝が擦りむけて血が出てる。夢じゃない、夢じゃない⋯⋯!



「怖い、誰か助けてぇ⋯⋯!」



血と一緒に気力も抜けていく、もう足に力が入らない。


前が、涙で前が見えない。

怖い怖い怖い怖い!


赤いのが段々近くなってきた、助けて。パパぁ⋯!!


助けて、怖い。それしか考えられなかったとき、私の前に一台の青い車が停まった。



「日ノ出!大丈夫か!?」



運転席から降りてきたパパは、私の体をサッと抱きかかえて車に乗り込む。私の住んでいる街、日野市はいつの間にか炎に包まれていた。



いろいろな人が、声を出しながら走り回っている。その声は、怪我人や死傷者の対処を呼びかける警察や消防、救急の人の声だったり。


泣き声や不安を嘆く声もあって、私もまたその声を上げる一人だった。



「大丈夫だよ日ノ出、なんとかなるさ」



パパの手はいつも温かいのに、今はとても冷たい。パパも不安なんだろう。それでも私を励ましてくれてる。本当にパパは優しい。




8月9日、私達が家を失ってから6日が経った。


昨日赤い化物の名前が”赫”というものに決まったらしい。”赤”じゃなくて赤の字を2つつなげた”赫”という字らしい。


なんでなのかをパパに聞いたら、一昨日降った雨で赫は”溶けた”らしい。絵の具みたいに、地面にベチャーって。


何やら赫という字は焼けた鉄の色を示すらしく、水に触れると動かなくなる生物と水に触れると変形しにくくなる鉄を掛けたそうな。


へんな感じ、呑気だけどそう思った。


そう思ってないと不安でおかしくなりそうだったから。日野市の隣の昭島市にも赫が進行を始めたというのを車に流れるラジオで知った。


日野市から離れて昭島市に移動したということは、日野市の人は⋯⋯考えたくない。



「着いたぞ」



パパの声で考え事を端においておく。


考えたくないことは考えなくていい。どっかのゲームキャラが言っていた気がする。ならその言葉に従おう。


車から降りて、砂利道を歩いていく。私達は、山梨にあるパパの実家に来ていた。そこまで大きくない、普通の一軒家。


でも、私はここに入る前に覚悟を決めなくてはいけない。


何故ならば⋯⋯!



「ただいま〜!母さん?いないのかぁ!」



パパが扉を開けて、パパのママ、私にとってのおばあちゃんを呼ぶ。大丈夫、きっと大丈夫。私はもうホラーを克服したんだ⋯⋯!


胸の前で拳をぎゅっと握る。



「いないのかなぁ?しょうがない。日ノ出、一旦―――」



「ん?パパどうしたの?」



こっちを見たパパの目線が天井の隅に向けられている。まさかと思い、私もまた同じ場所を見上げる。そこには⋯⋯⋯⋯⋯⋯。



大きめの蜘蛛が巣を張っていた。



「⋯⋯はぁぁ」



びっくりした。おばあちゃんがまたやってるんじゃないかと思った。


大きくため息を吐きながら、胸を撫で下ろす。おばあちゃんも流石に天井に張り付くことは―――



「おかえり」



「ひゅっ」



蕩けるような囁きを右耳から感じる。全力で右に振り向くが、そこには何もいない。



「こっちこっち」



だが今度は左耳に囁かれる。でも振り向いても誰もいない。


まさか、まさか。いやいやそんなわけ⋯⋯。私の嫌な予感が、絶対に当たるという妙な確信を持ったその予感に従って真上を見る。


そして、やはり予感は当たった。



「うふふふ⋯⋯」



私のおばあちゃん、(にのまえ) 千代子(97)はコウモリをしながら私達を出迎えていた。細くも逞しい二の腕、おばあちゃんとは思えない屈強な腹筋。



何を隠そう私のおばあちゃんは筋トレ好き(筋トレ馬鹿)なのだ。







「いや〜心配だったのよぉ、あんな悍ましいのが突然現れて、しかもそれが想夜の住んでる日野市にいるなんてニュースで見て、気が気じゃなかったんだからぁ」



想夜というのはパパの名前。


おばあちゃんはあのあと驚くほどスムーズに天井に取り付けられたポールから降りて私達をリビングに連れてきて”プロテイン”を作ってくれた。


おばあちゃんはそれを片手で持ちながらチューチューと吸い、

もう片方の手はダンベルでペン回しをしていた。



「母さん、日ノ出の前で筋トレはやめてくれって言ってるだろ⋯⋯」



「あら、ごめんね日ノ出ちゃん。カニカマ食べる?」



「食べ⋯⋯⋯⋯ない」



「そぉ〜ぉ?残念」



私は知っている。おばあちゃんの前で朝昼晩ご飯以外を食べると、「余計なカロリーは燃やしましょう」って筋トレさせられることを。ちなみにカニカマにはプロテインが入っている、ほぼ確実に。


おばあちゃんは若い頃素手で熊を仕留めるほどの怪力の持ち主で、病弱だったおじいちゃんを気合で勝ち取った、全てにおいてパワータイプなのだ。そんなおばあちゃんはかっこよくもあるんだけど、ちょっと怖い。



「じゃあちょっと、父さんに挨拶してくるよ」



「そうね。きっとおじいちゃんも喜ぶわ、息子と孫が無事だぁって」



おじいちゃんは4年前に死んじゃった。88歳だった。そういえば、おばあちゃんがより一層筋トレし始めたのはおじいちゃんが死んじゃってからだったっけ。


そう考えると、おばあちゃんが筋トレをするのは気を紛らわせるためなのかもしれない。


⋯⋯⋯⋯⋯。



「!」



うん、やっぱりおばあちゃんの作ったカニカマは美味しい。更に盛り付けられたカニカマを躊躇うことなく口に放り込む。噛みしめるたびに美味さが広がっていく。



「さて、おばあちゃん。私に言うことない?」



「⋯⋯⋯⋯余計なものは、燃やさないとねぇ」



忙しくなるぞぉ⋯⋯⋯。





一 虎象

日ノ出のおじいちゃん、マッスル婆さんこと千代子の夫。体が小さく病弱で気弱で、とにかく小さいと弱いで構成された人。不良にいじめられていたとこを千代子に助けられ、その仕返しにあっていた千代子を守ったことにより大恋愛の末結ばれる。

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