悲しみの濁流
未確認生命体”赫”についての報告書
氏名 真黒檜 仙次 作成日 2026年 10月5日
2026年8月3日18時34分、都内在住の女性から「赤い化物がいる」と通報。その30分後、最初の通報場所から半径1km内で同様の内容の通報が多数発生。更に76分後、調査に向かった警察官10名以上の失踪を確認。同時刻警視庁は特別対策本部を設立、特別手配被疑者クイナの関与の有無を調査開始。これは、今回の事件への関与を疑われているクイナの音声である。
『異世界というものをみんな信じるかな?』
『実は私、その異世界から来たんだよね』
『まあそんなことはどうでも良くて、花火大会当日になっちゃったからね』
『宣言通り、この世界を滅ぼしまぁ〜す!』
『でも、私がやると味気ないでしょ?』
『だから、私の眷属っていうか⋯ペット?に任せるからみんな頑張って!』
『それじゃあみんな!最後の花火大会、楽しんでねぇ!』
この演説は東京タワーの最上部にて行われ、脅されたテレビ局によって全国に報道された。そして演説後、クイナが現れることはなかった。
「パパ〜イラストセット買ってよぉ」
私のパパはいいパパだからきっと頼めば買ってくれる!
「だ〜め、今週お金なくて困ってるから買えません」
「ちぇ!パパのケチ!」
「なんとでも言うがいい!その程度で俺の心にダメージがくることは―――」
むむむむ⋯⋯パパ、”無敵モード”だ。
虹色に光ってもないし音楽もなってないけど、どっかでスター取ってる。今のパパには何の言葉も通じない⋯⋯わけじゃない!私は知っている、今のパパに効く言葉を!
「ケチなパパなんて嫌い!」
「グハッ!?」
よし効いた!
えっへーん!メタル斬りみたいな感じだ!
う〜んでもどうしよう。
この言葉使うとパパ瀕死になっちゃうから動かないんだよねぇ。
う〜ん⋯⋯⋯⋯。そうだ!公園に行こう!きっとクイナお姉ちゃんもいるはず!そしたらアイス奢ってもらってぇ、一緒にゲームをしよう。
そうと決まれば、早速出発!
「あ、待って!日ノ出ぇ!」
ごめんねパパ。私、行くよ!
まだ見ぬ美味しいアイスを求めて!
「クイナお姉〜ちゃん?いないのぉ〜?」
前にいた公園にいない。お姉ちゃんは固定エンカじゃないのかぁ⋯⋯。しょうがない、別の場所を探そう!
アイスを買ったコンビニ!
「お姉ちゃんいますか?」
「⋯⋯⋯いないよ」
いないのかぁ⋯⋯じゃあ次!
私が泣いちゃったところ!
「お姉ちゃ〜ん?」
ここにもいない。どうしよう、ほかに知ってる場所がない。困った、ひじょ〜に困った。どれくらいかと言うと色違いが前にいるのに持ってるボールがプレミア単品の時くらい困った。
どうしたものか、このままじゃアイスを食べる計画がおじゃんになってしまう。
クイナお姉ちゃん何処にいるんだろう。公園に戻ってきてはみたもののいないし⋯⋯。
一回お姉ちゃんの見た目を整理しよう。
茶色のポニーテールで、目が赤い。上は暗い灰色のパーカーで、下は緑の短パン。
「誰か探してるの?」
「はい、ちょっと⋯⋯⋯」
例えばそう、今話しかけてきた人みたいな⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
目を擦る。
目が合う。
目を擦る。
また目が合う。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
目をこす⋯―――
「何回目を擦るんだい?目ぇ腫れちゃうよ?」
「クイナお姉ちゃん⋯⋯⋯」
なんか普通にいた。
「へえ、お姉ちゃんの家ってこの近くじゃないんだ?」
「そうだよ」
てっきりここらへんに住んでいる人なのかと。
「日ノ出ちゃんのために今日はここまで会いに来たんだよ?」
⋯⋯⋯⋯。
「あ、照れてる。かわい〜」
「照れてないよっ!」
いやほんと、照れてない。照れてない。でもやっぱりお姉ちゃんと話してると落ち着くなぁ⋯。なんでだろう、なんか特別な匂いでもあるのかなぁ?
「ねえ日ノ出ちゃん、なんで匂いを嗅いでるのかな?」
いい匂いだ、ちょっと鉄っぽい匂いがいい。
取り敢えず顔を埋めとこ!
「⋯⋯⋯⋯⋯かわいい。あっ!?なんで止めちゃうの!?」
「いや、別に⋯⋯⋯」
恥ずかしいとは言えない。っていうかどさくさに紛れて頭を撫でないで!
「かわいいなぁ、お〜よしよし」
「私は犬じゃな⋯⋯!」
犬や猫を撫でるときみたいな声を出したお姉ちゃんを手で抑えようとしたとき。
「クイナだな」
スーツを着た知らないおじさんが話しかけてきた。
誰だろうこの人、お姉ちゃんの名前を知っているということはお姉ちゃんのお友達かな?それにしては顔が怖いなぁ⋯⋯⋯っひ!?こっち見た。
「ご友人かな?」
「この子に手を出したら私自らやるよ?」
す、すごい怖い。おじさんは怖い顔してるし、お姉ちゃんも笑ってるけど怒ってる。か、帰りたい。
「日ノ出ちゃん、私と一緒に別の場所にいかない?」
「別の場所?」
別の場所って何処かな?コンビニ?このおじさんから離れた場所ってことかなぁ?
「そう、ずっとずぅ〜っと遠い場所。簡単に言うと、私と一緒に暮らさない?」
お姉ちゃんと一緒に暮らすの?⋯⋯⋯楽しそう。
「いい加減にしろ」
おじさんの怒った声につられて、おじさんの方を見る。見なければよかった。だっておじさんが手に持っていたのはゲームの中でしか見ない、本当の拳銃だったから。
怖い、怖い怖い怖い!
「申し訳ないけど、それをしまってくれないかな。この子が怖がってるんだ」
お姉ちゃんが私を優しく抱きしめてくれる。お姉ちゃんの体温と匂いで、ちょっと落ち着く。
「怖がってるだぁ?笑わせんじゃねえぞ⋯⋯⋯」
おじさんの拳銃を握る力が、強くなる。
「俺の同僚を無慈悲に殺したやつが他人に恐怖を訴えるのかぁ!あ゙ぁ゙!?」
「っひ!?」
なんで、なんでこっちに銃を向けるのぉ⋯⋯。
「やめろ!」
「はは⋯⋯やめねえよ。殺人鬼、お前の心臓はこのガキンチョかぁ?なら狙わねえ手は」
不自然に、言葉が途切れる。お姉ちゃんの腕から、顔を出す勇気がない。あのおじさんがこっちを見ていたらどうしよう、怖い。
「大丈夫だよ日ノ出ちゃん。あのおじさんは帰っちゃったから。もう大丈夫だよ」
「⋯⋯ほんとぉ?」
「うんでも⋯⋯⋯」
本当におじさんはいないのか、確認しようとした私の目を。
「まだ見ちゃ駄目」
お姉ちゃんはそう言って塞いでいた。
不思議なことに、お姉ちゃんの匂いがより一層強くなっていた。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
おじさんは本当に帰っていた。
お姉ちゃんが目を塞いでいたのは5分くらいだったけど、お姉ちゃんはアイスクリームをプレゼントしたかったらしい。お姉ちゃんは私の好きなアイスをよくわかってる。
カニカマも買ってくれた。美味しい。
「で、日ノ出ちゃん。私の提案、考えてくれた?」
「ていあん?」
「そう、私と一緒に暮らさない?」
う〜ん⋯⋯。
「パパは?」
「パパ?」
「うん、そこにパパもいる?」
「いや、パパはいないかな」
私の質問に、お姉ちゃんは少し困ったような顔をしながら答えてくれた。
私はパパが大好きだ。
お菓子もくれるし、勉強も教えてくれるし、ご飯も美味しい。
「じゃあ、ごめんなさい」
私はパパがいないといや。
「どうしても?」
「⋯⋯⋯うん」
難しいけど、パパがいてほしいなぁ。
「そっかぁ⋯⋯⋯うん、わかった」
空がオレンジ色に染まってきて、お姉ちゃんの姿が夕日で見えなくなっていて、緩い風がそっと吹いた。
葉っぱが風に乗って流れていって、それを見ていて。
「ごめんね」
「え?」
お姉ちゃんはいつの間にかいなくなっていて、
「え?」
真っ赤で犬みたいな生き物が、大量に溢れていた。
分岐。ここでクイナについていけば物語は終わり。
つまりついていかないことしか出来ない。




