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声をころして、泣き叫ぶほどの  作者: はなぶさ


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9/9

黒髪の聖女

ガウラルの屋敷で過ごすようになって一か月。私の処分や量刑は保留となったまま時は何事もなく流れていく。その間、勇者には一度も会っていない。

そういえば神殿に調べが入ると言っていたので、そろそろ結果も出ただろうと口火を切ればトレニが言った。どうやら大神殿が何事かを企てているようで話が進んでいないと。「何事とは?」と訊き返すと、当たりがついているらしく「異世界からの聖女召喚らしいです」とさらりと宣う。


「今代の聖女が失われたとなれば、新しく聖女を立てなければなりません。しかし、姫様が聖女様を殺害したとなれば、我が国は新しい聖女を立てることができません。ご承知おきのことと存じますが、聖女というものは、先代聖女から直々に力を受け継ぐものだからです」

「そうだわ」


広い中庭にテーブルを出してお茶を飲んでいる。柔らかな風が頬をさらって自然と目尻が綻ぶ。

魔王討伐の旅に出るよりもずっと前は、こうして穏やかに過ごすこともあった。あの頃よりも凪いでいる心を自覚して、不思議な感覚に陥る。罪人が何をしているのかと責められそうだが、自発的にお茶を楽しんでいるわけでもない。私の日中の予定がガウラルによって管理されているのだ。さすがに我が国の将軍に逆らうことはできないので、仕方なく従っているだけである。

といっても、することはほとんどない。午前中は屋敷内で読書をしたり、広すぎる屋敷内を歩き回ったりして時間を潰し、昼食を取ったら軽い運動も兼ねて庭を散策する。離宮では語学の勉強を含め、経済、世界史、政治学とやるべきことが山積していたが、今は何もしなくていい。むしろ、勉強するなと言われている。

退屈でもあった。


「姫様が聖女を騙っていたのであれば、姫様は聖女ではない。ということは、聖女の力を聖女候補に受け渡すことができませんよね? なのに、先代は既にこの世にはいません。だから、異世界から召喚することにしたようです。苦肉の策らしいですよ、大神殿に言わせると」

「そうなの」

「驚かないんですね?」

「驚いてもどうしようもないわ。ただ、あの魔術はそう簡単に扱えるものじゃないから……。どうやって召喚するのかは気になるところだわ」

「そう、ですか」

何やら含みのある返事である。


「姫様は」

「なぁに?」

「本当に聖女ではないのですか?」

「……そうね」

「本当に?」

「そうよ」


トレニが椅子から立ち上がり、私の前に立つ。そして膝をついた。近衛騎士として王族に相対するときの習わしである。なかなか癖が抜けないようだ。

「俺は一体、何を信じればいいですか? 俺はずっと姫様を信じてきましたが、姫様が本当は何をして、何をしなかったのか分からなくなってきました。聖女だと思っていたのに聖女じゃないと言うし、勇者をニホンへ還すと思っていたらそうじゃない」

「私は嘘が嫌いなの」

「はい、存じております。だから姫様が嘘を吐いているとは思っておりません」

真摯な眼差しに心を撃ち抜かれるようだった。

「違うわ、トレニ」

「違う?」

「嘘が嫌いだから、―――――嘘を吐かないわけじゃない」

「……、」

「嫌いでも、そうすべきと判断したなら私は相手が誰でも嘘を吐くし、裏切るわ。嘘を吐いていないという嘘も吐くの」

「姫様」

「私は、王女なの。いえ、……元王女ね」

「いいえ、今でも姫様は姫様ですよ!」

「トレニ。貴方もなかなかわからずやね。……まぁいいわ。ともかく。私は、王女だったのよ。だから私が一番にすべきことは誠実さを貫くことじゃなくて、この国を守るために何ができるか考えることなのよ」


国のためなら勇者を欺くことも正義だと仰るおつもりですか。そう問われて返事に詰まる。彼に嘘を吐いたのは間違いないけれど、私はそれをそのままにしておくつもりなどなかった。誠実ではなかったけれど、欺瞞心(ぎまんしん)に満ちていたわけでもない。


「姫様は勇者様に罪悪感を抱いておられるのですね」

「……そうかも……、しれないわ」

「そうなんですよ。だったら大丈夫ですね」

「大丈夫?」

「ええ」

嘘を吐くことに罪悪感を抱くのが、俺たちの知っている姫様ですから。

そう言われても、何が大丈夫なのか分からない。トレニの澄んだ瞳に私の顔が映っている。戸惑っているのに、その顔は大して何も考えていないような表情で、心の奥が見えない。他人から見る私は、どこか虚ろだ。

それとも、他の誰かには違うように見えているのだろうか。


「それで姫様」

「なぁに?」

「我々はこの後、大神殿に行かなければなりません」

「いってらっしゃいな」

「いいえ、姫様も一緒ですよ」

「! 裁きを受けるのね?」

「何で喜ぶんです? 違います!」

「違うの?」

「はい。がっかりしないでください!」


ついに沙汰が下されるのかと思えば違うらしい。とはいえ、私は今ガウラルの屋敷に拘留されているわけで。さすがに屋敷の敷地外に出ることは許されないだろう。そう伝えるもガウラルから許可を得ていると返された。

それなら着替えなければ。私とトレニの会話が聞こえない程度の距離に控えているミラを呼び寄せる。説明しようとすれば、事前に聞かされていたようで、心得ていると頷き一足先に屋敷へ入っていった。

「それとも罪人らしく古着のほうがいいのかしら」

首を傾ぐものの返事はない。


準備を終えてガウラルが用意した馬車に乗り込むと、そこにエボルが居た。トレニとはここで交代らしい。二人きりだけれど対面で座ると、車箱内が狭く感じる。騎士と同じ箱に入るのは初めてで、生きていれば新たな経験があるものだと妙な感慨を覚えた。考えが顔に出ていたのか、念のための護衛だと補足される。

「貴方、何だか良い香りがするわ」

「そうですか? 光栄です。先日、友人の調香師に香水をもらったんですよ。姫様にお褒めいただいたと聞いたら飛び上がって喜ぶでしょう」

「……言わないほうがいいんじゃないかしら。罪人に褒められたって汚点になるだけだわ」

「まだそれ続いていたんですね。罪人ごっこ」

「まぁ、失礼ね」

大神殿まではかなり距離があるので、窓から街の風景を眺める。昼時なので、今が一番活気に満ちているかもしれない。見ているだけでも熱気で暑くなりそうだ。

いらっしゃいと言って客を呼ぶ食事処の婦人に、魔王討伐の旅の途中、皆で昼食をとった定食屋のことを思い出した。若夫婦が仕切っているお店で、異国の料理が食べられると仲間の一人が教えてくれたのだ。

単身で外国に渡り、数年間に及ぶ修行を積んだというご主人が様々な料理を振舞ってくれた。


テーブルに次々と運ばれてくる大皿。

皿に山盛りの物珍しい料理を目の前にして戸惑っているのは私一人。


皆と同じ皿から、自分の食べる分だけを取るというのが分からなかったのだ。普段、野宿するときは、大鍋で作った料理も一人ずつ取り分けてくれるから。

ぼんやりと座ったままでいる私の隣で、勇者が困ったように笑う。

『この国の人間なのに、俺よりも知らないことが多い』

小皿に取り分けてくれて、目の前に置いてくれたのを感謝していただいた。彼の言葉には悪意などなく、揶揄っているつもりだったというのも分かっている。あくまでも、定食屋でご飯を食べたことがない私のことを面白く思っただけなのだ。でも、図星を指されて胸の奥がちくりと痛む。


大きなテーブルを囲んで笑いあう旅の仲間たち。笑い声が響いて耳の奥で木霊する。

にこにこと愛想笑いを浮かべながら、こちらの世界に馴染んでいく勇者を見やった。

微笑みを返されて、なお独りぼっちのような気がしたのはなぜだろう。


「姫様と大聖女様は昔からのお知り合いでしたね」


不意に声をかけられてエボルを見る。今日は朝から別の仕事で不在だった。もしかしたら勇者と一緒だったのかもしれない。勇者は元気かと訊こうとして、いや、それは昨日も聞いたかもしれないと記憶を遡る。うまく、思い出せない。最近、こういうことが増えたようだ。


「あまり会ったことはないのよ。数えるほどしか会わなかったわ」

「そうですか」

「けれど、勇者様は何度も会っているはずよ。彼のおばあさまによく似ているんだって仰っていたわ」

「そうですか」


訊いた割に話を広げるつもりはないらしい。エボルの右手は垂直にたてた剣の柄を握っていて、いつ始まるか分からない戦闘に備えているようだった。


「なぜ、その大聖女様の命を奪ったのです? 私は信じておりませんが、話は聞いておきたいです」

「……エボル」

「はい」

「その話はできないのよ」

「なぜですか?」

「聖女様とのお約束だからよ」

「約束?」

「私がなぜ、聖女様を弑すことになったのか誰にも話してはならないと言われたの」

「!」


つまり、聖女様はご自分が死ぬことを知っていたということですか?


エボルにしては珍しく大きな動揺を見せる。続けて何か問おうとしたのか口を開きかけて、でも結局、話はそこで終わった。道の途中で、大神殿からの迎えの馬車とかち合ったからだ。

迎えなど必要なく、そもそも既に大神殿に向かっている最中であったから乗り換えるまでもなかったのだが、神官から馬車の中で内密の話がしたいと言われて、唯々諾々エボルと共に移ることとなった。


そこで改めて異世界の聖女のことを聞かされたのである。


トレニからは、まだ召喚は行われていないような話をされたが、確認してみれば既に聖女は大神殿で生活しているという。

「しかし、召喚したわけではないのです」と、神官は言う。

元々は、噂通り、神殿側は聖女を召喚するために策を練っていたようだが、勇者のときと同じく関係各所の協力を得なければならなかった。王宮への正式な打診はまだなされておらず、それどころか魔術師が及び腰だったため話が進まなかったと説明される。

そのため、大神殿側で独自に異世界召喚の準備をしていたところ、―――――黒髪の聖女が()()現れたのだという。


つまり、聖女は召喚されたのではなく、何等かの要因で異世界から()()()()()というわけである。

何より、一番驚くべきは。


「この女のせいなのね!」


大神殿の正門をくぐり、馬車から降りたところで一人の女性が飛びかかってきた。というより、厳密には飛びかかられる寸前に神殿騎士が取り押さえたのだけれど。

「聖女様お止めください」という声が聞こえた。

エボルなど臨戦態勢で剣を構えている。今にも斬りかかりそうだ。


「止めなさい、エボル」


言えば素直に従い、低く構えていた姿勢を正す。その後、神殿騎士と目くばせすると、私の後ろに立った。


「離しなさいよ! 一発殴らないと気が済まないわ!」


肩の上で切りそろえた髪が波打つように柔く輝いている。勇者と同じ色だ。

それに、大神殿の書庫に並んでいた書物に描かれていた初代聖女とあまりにも似ている。併せて、彼女自身から湯気のように立ち上る神聖の波動。

見るものには一目でわかる。彼女が聖女だと。


「聖女様暴れないでください。さすがに目に余ります。その方は我が国の王女ですよ」

「どうでもいいのよ。そんなこと! 私には関係ないわよ!」


体格の良い騎士に包まれるようにして羽交い絞めにされているのにも関わらず、何とも威勢が良い。圧倒される。でも、それだけじゃない。

幼い子供みたいな丸顔に大きな目。小ぶりな鼻と大きく開けていても小さな口。顔立ちが似ているわけじゃないのに、なぜか似ていると感じる。

幼い頃の勇者のようだ。


「やめろ! ひめ!」


名を呼ばれて振り返すとそこに勇者がいた。今、大神殿に到着したのか、馬からひらりと飛び降りる。その双眸は、神殿騎士に抑えられている聖女に向いていたが、近くまで来て私に気づくと目を瞠った。けれど、そのまま横を通り過ぎ、聖女の肩に触れる。「落ち着け」と言って。

一体、どうしたんだと優しく語り掛ける横顔。あまり見たことのない表情だ。


「何をしている?」

勇者が現れたことで気が削がれたのか、落ち着きを取り戻した様子の聖女が大きく息を吐く。拘束を解かれた後も暴れることはなく、ただこちらを睨みつけている。自身の肩にかかった聖布を整えながら「だってあの人が」と唇を尖らせた。


「姫か。……何でこんな所に?」

「神官長に呼ばれているんですよ」私の代わりに答えたのはエボルである。

勇者と聖女が並び立つのを見て、声が出なかったのだ。

黒い髪、黒い目、象げ色の肌。似たように見える面立ち。


神は初めからこの二人を一対で作ったのではないかと思わせた。半分だったものが、ようやっと一つに揃ったかのようなしっくり感に驚く。


(いつき)。この女なんでしょ? この女のせいで樹はこんなところにいなきゃいけないんでしょ?」

敵意を隠さないまま、捲し立てるように言い募る聖女。勇者の腕を掴み、縋りつくような格好で彼を見上げている。

「落ち着け、ひめ」

とんとんとあやすように少女の背中を叩くイツキ。いつかどこかで見た光景だ。


初めて魔物と対峙した日。怯える彼に「大丈夫」と無責任な言葉を放った。怖いと言って私に縋りついたその背を押して、もう一度「大丈夫」と言ったのである。

死ぬかもしれない状況で、それでも私は重ねて身の安全を保証した。


何かあっても、私がいるからと。

護れもしないのに、そう言った。


「ヒメ? 勇者様、その方は聖女様ですよね? 姫、とは?」

「あー……」


エボルの問いに言い淀んだイツキが諦めたようにふっと脱力する。

「名前だ」

短く答えた後、聖女様の顔を見た。

姫花(ひめか)って名前なんだよ。だから、ひめって昔から呼んでる」

な、と同意を求められた聖女が頷く。


「私と同じですわ」


思っていたことがそのまま声に出てしまい、咄嗟に口を押える。言ってから気まずいような思いがして周囲を見渡すと、やはり皆もそう感じていたようだった。

するとすぐさま「違う」「違うわ!」と黒髪の二人から否定される。

「お前は姫じゃないだろ」

イツキがこちらも見ずに言う。

確かにそうだ。もう、王女ではない。

「いくら勇者様といえど不敬ですよ」エボルが実に軽い調子で苦言を呈せば、

「違う。彼女がお姫様ではないという意味で言っているわけじゃない。姫っていうのは名前じゃなくて敬称だろ。本当の名前があるし。こっちの聖女は姫が名前なんだよ。だから姫様とは違う……って、何かややこしいな」

ため息交じりに説明する勇者をじっと見つめている黒髪の聖女。彼女にも翻訳魔法がかかっている。誰がかけたのだろう、と詮無いことを思う。

そして、彼らを眺めながら先ほど大神殿が用意した馬車の中で聞かされた話を思い出していた。


『聖女様は、勇者様がかつて暮らしていたニホンという国から来たそうです。しかも、勇者様とは生まれたときから仲が良かったという話で。そんな二人が異世界で会うなんて……、』


『こんな偶然、あるんですね』

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