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声をころして、泣き叫ぶほどの  作者: はなぶさ


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神官長

馬車の中で神官から話を聞かされた時に思った。こんな偶然あるだろうか、と。

いや、あるはずがない。しかし、ヒメカはこの国に召喚されたのではなく、異世界から落ちてきたのだ。で、あれば何の条件付けもできない。すなわち、彼女がイツキの知人であったことは誰かが仕組んだのでも何でもなく。

いわば、神の采配によるものなのではないか。


事、勇者に関わること全てに神が関与している気がしてならない。


「そうですか。それは面白い話ですね」


神官長が自ら茶器を運んで来る様子を眺める。いつもは女官がやっているらしく、さっきまで茶葉の入っている缶を探していた。手伝うと言ったのに、あっさりと断れてしまって手持無沙汰である。お茶を入れるくらい私にもできる、と豪語したにも関わらず「できるとしても万が一、お湯が零れて火傷なんかされてしまえばただでは済まされないので遠慮します」ということだった。怒ったりしないと反論すれば、容赦しないのはガウラルであるらしく、だったらい仕方ないと口を噤む。

部屋の隅に控えているエボルにも、余計なことをしないでくださいと釘を刺されてしまった。


「それにしても殺風景な部屋だこと」


そもそもが客人を迎えるためでなく、あくまでも個人が生活するための居住空間なので、必要最低限のものしか置かれていない。ここに住まうのが神官長であるため、実に禁欲的である。娯楽に用いるようなものがただの一つもない。けれど例えばそれが何なのかと問われても私には分からない。

ただ、ともかくここが退屈な部屋だというのはよく分かる。


「姫様の部屋に比べれば、誰の部屋であっても質素な部類に入るでしょうね」

目の前に薬茶の入ったカップが置かれる。透かし彫りの入った愛らしい茶器に首を捻った。神官長の持ち物にしては可愛すぎる。恐らく、訝し気な顔をしていたのだろう。それに気づいた神官長が、先日信徒にもらったんですよ。と苦笑した。

使いどころがあって良かった、と。

そのまま実に優雅な仕草で対面に腰かけた神官長。ほわほわとした柔和な笑みが貴族女性も怯むほどに麗しい。


「勇者様は聖女様と一緒に王宮へ挨拶へ行く予定だったのですよ。そこで姫様とかち合ってしまったのです。申し訳ありません。配慮が足りず」


それまでの余裕ある態度から一変して、困ったかのように眉を下げる。謝られても何のことか分からない。

「配慮? 何に対しての配慮ですの?」

カップの中を覗き込みながら訪ねる。きれいにしてあるので、取りこぼした葉や茎が浮いている様子がない。運勢を占おうと思っていたのに、黄金色の澄んだお茶の表面には自分の顔が映るだけである。どこか残念な気持ちになりながら、神官長の話に耳を傾けた。

「勇者様とは会いたくなかったでしょう?」

質問に質問で返される。ますます首を捻りながら、神官長ラナンの顔を見つめた。

「どうして?」

心底疑問だった。会いたくないはずがない。

「どうして? それこそどうして、とお返ししたいところですが……。だって、式のときに何があったか忘れたわけじゃないでしょう……」

「式?」

「いや、それは置いておきましょう」自ら言い出したことなのに、勝手に終止符を打って話を終わらせてしまう。何だかよく分からないが、終わった話を蒸し返すほど野暮ではない。

カップを手に取り、唇を湿らせるラナンの女性的な顔を見ていると懐かしさを覚えて戸惑う。魔王討伐の旅をしていた頃を思い出すからだ。旅慣れていない私の世話を、率先して焼いてくれた。面倒見がいいのは神官だからなのか。

健康的とは言えない彼は、今も昔も顔色が悪い。目の下に隈が浮いている。

「お疲れですわね」

思ったことをありのままに伝えれば、その人は、はぁと息を吐き首を振った。

「聖女様は少し困ったお方ですから。大神殿の中も混乱しております」

「そうなの」

それで、私を呼び出した理由をお聞かせ願えるかしら。

このまま話し込んでいると、なかなか本題に進みそうにないので率直に問う。

途端にラナンは黙り込んだ。腕を組み、言いあぐねている様子だ。


「神官長殿。あまり時間はありませんよ」


エボルが口を挟むと、ちらりとそちらに視線を向けて肩を竦める。どうやら観念したらしい。


「姫様の目に、彼女はどう映りましたか?」

「どう、とは?」

「彼女は……、ヒメカは本当に聖女なのでしょうか」

「? 神託があったのでしょう?」


だからこそ、異世界からの客人を聖女と定めたのではないのか。


「はっきりと啓示を受けたわけではないのです。神託を受けたと申し出たのも神官ではなく、女官ですから。こう言っては何ですが……、」

「信憑性に欠ける」言葉を濁した神官長の代わりにエボルが言う。

「そうかしら?」

女官は神職というよりも、広く存在する一般的な職業の一つでしかない。勤め先がたまたま神殿だっただけである。

とはいえ、身元のはっきりしないような人間は神殿で仕事をすることはできないので、比較的裕福な家の出であることが多い。貴族であったり商家であったり、あるいは代々神殿で含むを真っ当することを義務と化している歴史ある家柄であったり、内情は様々であるが。要するに神職に就くために修行を積んだ人間ではないというのだけは確かだ。


「けれど、女官が神託を賜ることもあるでしょう。神様は人を選ぶけれど。そこに貴賤はないはずだから」

「そう、ですね」納得いっているような、いっていないような。どこか不服そうな顔をして神官長は頷いた。

「貴方にも分かるはずよ。彼女の纏う神聖な気配が」

指摘すれば、「本物なのでしょうか」と不思議なことを訊いてくる。よくよく聞けば、神官長も私と同様、聖女様に神気を感じるものの、それが本物なのかは判断できないという。


「姫様は聖女の力を失ったわけではありませんよね?」

「……、」

問いかけてくる割には、確信を持っているようだ。

私はもう聖女ではないと否定しても尚、食い下がってくる。

「姫様が今、聖女ではないことは私だって存じております。けれどそれは、姫様が先代聖女を殺害したと告白したからです。その罰として、あくまでも聖女の地位をはく奪されたに過ぎません。貴女様自身は今でも、聖女なのです」

「聖女という名を失っただけ、と言いたいのね?」

「そうです」

「違うわね。貴方だって見誤ることはある」

「いいえ、違えたりしません。私を誰だと思っているのです?」

「神官長ね」

期待していた応えではないようで、それと分からないようにひっそりと眉を顰める。けれど、別の答えが返ってくることはないと分かったのか、やがて「うむ」と大きく頷いた。


「聖女にどのような力があるのかは、聖女の安全性を重視した結果、公には明らかにしないというのが大神殿と王宮との取り決めです。だからもちろん私も、姫様がどんな力を持っているのか存じ上げません」

「そう、」

「はい」


魔王討伐の旅で目撃した聖女の力はその限りではありませんが、と付け加え、再びカップを手にする神官長。茶葉の香りから察するに、精神を落ち着ける効果のあるお茶だ。苦味はなく、眠気を誘う香りがする。


「けれど、姫様は……。真実を見極める目をお持ちだと思っております」

「そう、」

「はい」


「いいえ、持っておりませんよ」再び口を挟んだのは言わずもがなエボルである。

「そんな目をお持ちならこんなことにはなっていません」と、若干怒りすら滲む声音で。

「こんなこと、とは?」

神官長がエボルに向き直る。

「王位簒奪を含め、ご自身が聖女様を殺害したと仄めかしたことや、また、異世界からの落ち人が聖女を名乗ることなど、何もかもです。そもそも勇者様が我が国を裏切るとは誰が予想したでしょう。姫様が真実を見極める目とやらをお持ちなら、もっと早く勇者様の謀略に気づくことができたはずです」

「……貴方、よく喋るわね」

「申し訳ありません」

「責めているわけじゃないのよ。だた、何か可笑しくって」

ふふ、と笑みを零せばラナンがエボルに視線を向けたまま問う。


「姫様が本当は、何もかも分かっていて。その上でこういう事態を引き起こしているとは思いませんか」


しん、と落ちた沈黙の中、目を瞠るエボルが滑稽だった。いつも少しの隙もない顔をしているので、間の抜けた顔をしているとどこか幼く見える。そして、その顔のまま「さすが神官長です。盲点でした」と手を叩いた。言葉だけだと賛辞にしか聞こえないが、本気でそう思っているのかは怪しいところだ。

「元よりおかしいと思っていたのです。何か変だと」

扉の辺りから離れて、一歩、二歩と近づいてくるエボル。

「全て、予定調和だったということですね?」

その双眸がただひたすらに私の顔を捉えていて、少し怖い。熱に浮かされたような眼差しだ。


「違うわよ。皆どうしたの? 私のこと買いかぶりすぎだわ。私はそんなにすごい人間ではないし、元々聖女の資格のない人間なのよ。大神殿や王家だけでなく国民も謀った悪党なの」

「そんな風にご自身を貶めるのはお止めください」

いつも通り膝をついて私を見上げる近衛騎士。

「もう、こういうのもお止めなさい、エボル。私は貴方が護るべき王族ではないの」

起立するように言っても聞こえていないのか、さも当然であるかのように聞き流される。


「話を戻します。それで? 姫様。どうなんですか?」やれやれと首を振る神官長は、エボルの芝居がかった仕草をどこか面白そうに眺めつつ本題に触れる。

「どう? 彼女のことね。……ヒメカ、と言ったかしら」

「はい」


姫花を見た瞬間、彼女が聖女だと理解した。それは間違いない。

あの神聖性は、私が喉から手が出るほどに欲しかったものだ。

すなわち、神に選ばれた証なのである。

私にもあの印があれば、大聖女様から力を奪うようなことをしなくても済んだのに。


『残念ですこと。貴女はなぜ、聖女になれないのかしら。どうして、貴女じゃないのかしら』

先代聖女様に初めてお会いしたとき、彼女はこう言った。私の顔を見るなりそう言ったのだ。勇者が召喚されるよりもずっと前のことである。すなわち私は、聖女候補ですらなかったのだ。

『けれど、姫様は聖女として魔法討伐の旅に出ることになります。これは必然です』

『……私は、離宮からは出られません。此度は、大神殿で祈りを捧げるため、特別に外出することを許されたのです』

大聖堂に二人きり。私は聖女様の前で膝をつき、彼女を見上げていた。お年を召している割に若々しい印象を与えるその人は、背筋を伸ばして祭壇の前に立っている。その気配が、あまりにも澄んでいて怖いほどだった。

『いいえ、行くのですよ』

『行きません。いえ、行けないのです。それに私は、聖女にはなれませんし」

『いいえ、なるのですよ。姫様は聖女になるのです』

『さっき、私は聖女になれないと仰ったじゃないですか』

『そうですね。なれないのに、なるのですよ。姫様は、聖女になってしまうのです』


―――――可哀相に。


大聖女様は確かに、そう言った。そして、彼女の言う通りになったのだ。

「ヒメカは聖女よ。間違いないわ」

「……そう、ですか」

「残念そうね。どうしてかしら」

貴女が、それを言うんですね。と視線を落としたラナン。落胆しているのかと思ったけれど、純粋に悲しそうである。


「彼女が聖女であるからといって、貴方は何も失わないでしょう? ラナン」

名前を呼んでから、はっと口を噤む。神官長を呼び捨てにしてしまった。悪戯が見つかった幼子のような心地になっていると、当の本人は「私の名を覚えていてくださったんですね」とはにかむ。当たり前のことをさも尊いことであるかのように言うのは止めてほしい。


「確かに姫様の仰る通りです。私は、彼女が聖女だろうが、そうじゃなかろうがどうでもいいのです。ただ務めを果たしてさえくれればそれでいい。他には求めたりしないので。……ただ、」

「ただ?」

「彼女が聖女であるかどうかは、姫様の今後に大きく関わります」

「……それは、そうかもしれないわ。どうせ私は罪人だけれど」

「姫様が罪人だとは誰も思っておりませんよ。けれど、姫様のことを聖女だと思っていますから。ヒメカが聖女だとはどうしても思えなかったのです。だから、……だからとても残念です。彼女が、聖女で」

「まぁ、それは……、仕方ないわね」

「はい。同じ時代に聖女が二人存在することはありません。彼女が聖女であるなら、貴女は偽物だ」

「だから、そう言っているじゃない。初めから。私は聖女ではないと言ったはず」

大神殿は、それが分かっているから異世界から聖女を召喚することにしたのではないかと問えば「私は反対しました」と宣う。

「では、誰が異世界召喚の話を進めていたのです?」

黙っていられなかった様子のエボルに「大神官です」と短く答える神官長。そして、私の顔を見据えた後、自身の顔を両手で覆う。


「酷い裏切りだ」と言って。


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