3 仕事
「すみません! 遅くなりました!」
「おや、やっと来ましたね」
屋敷の使用人通路を通り、とあるメイドさんの部屋へと入る。
そこに待っていたのは、齢20になるかというくらいの女の子だった。
クラシカルメイドと言われる様な格好をした彼女は、柔和な笑みを浮かべながら近づいてくる。
「今日は遅かったですが、何かありましたか?」
態々腰を落として、目線を合わせて問いかける彼女の声音には心配の色が含まれている。
――この人は、心から案じてくれているんだ。
先の二人と比べ温かい心に、遅れたことに対する申し訳なさが込み上げてくる。
「いえ、特に何かあった訳では……」
「……そうですか」
少し怪訝そうな表情をしたものの、それ以上は追及してこなかった。
――こういう時に誤魔化そうとしてしまうのは、日本人の悪い癖なんだろうなぁ。
悪いとは思いつつも、彼女の案内で着替えを行う。
正式な使用人ではなくとも、屋敷の中を動くのならそれらしい格好を、という事らしい。
襤褸の服から子供用の給仕服へと装いを変え、彼女について歩く。
「――遅いですよ。貴方達」
「申し訳ありません。準備に手惑いまして……」
メイドの彼女と共に、メイド長に頭を下げる。
原因は俺だというのに。
この女性に対して、罪悪感と恩義が積み重なっていく。
――いつか、必ず返さなければ。
「はぁ。もう他の方たちは動いていますよ。アコラさんはあちらを、貴方はあそこに纏めてある洗濯物をお願いします」
分かりやすくため息をついてから、メイド長が俺達に指示を出し去っていく。
「それでは、また後で」
「はい」
それだけ言葉を交わすと、メイドさんも自分の仕事へと――。
「――ああ、そうだ」
――向かう前に立ち止まり、こちらへ振り向く。
「何が有ったのか、後で詳しく聞かせて貰いますね。新人さん」
「……はい」
今度こそ、彼女は仕事へと戻っていく。
――今のは、俺の遅れた理由か? それとも――。
答えは出ないまま、俺は俺で与えられた仕事へと向かった。
「くぅ、若い体とはいえ、腰に来るなぁ」
この世界には洗濯機なんてものはなく、全て手洗いだ。
それも、桶に水を張ってするものだからずっとしゃがんでないといけない。
こんなもの、腰にキて当然というものだ。でも――。
「――くぅ、働いてるって感じするなぁ」
この雑用を押し付けられる感じとか、新人の頃を思い出しちゃうなぁ。
身体の疲労感とは裏腹に、気力は充実していくのが感じられる。
「よしっ、こんなもんかな。……よっ」
洗い終えたものを籠に放り込み、干せる場所まで持っていく。
――……重い。
単純に重い。数もさることながら、水も吸ってより重くなっている。
大人の身体であれば、何の問題も無いとは思うけど……。
子供とはこんなにも非力だったかと、認識を改めさせられる。
「よっこいしょっ」
なんとか中庭の、人目につきにくい場所へ移動し、籠を下ろす。
折角洗ったものが地面につかないよう、気をつけながら干していく。
これもまた一苦労だが、全部終わった後にはやはり、他の仕事と変わらない達成感が有った。
――うむ、この世界の仕事も楽しいものだな。
心地良い風を受けながら、一つ伸びをする。
「ん?」
伸びをしたときに、別館と呼ばれる建物が目に入った。
記憶を探ると、あそこには悪事を働いた娘が入っているんだったか……。
――娘、か。
「っと、いかんいかん。今は仕事をせねば」
ノスタルジーに浸るのは今じゃない。
娘の所に帰る為にも、帰還方法を探す必要がある。
だがその為には、きっとお金が必要になるだろう。
無償で得られるものなど少ないからな。
空になった籠を持ち、屋敷へと足を向ける。
――まだ、こっちの仕事に慣れていないからな、指示を仰ごう。
「メイド長! 次は何をしましょう!」
「……洗濯は終わったのですか?」
「はい!」
メイド長は表情を変えないまま俺の顔をマジマジと見たかと思うと、くるりと背を向けた。
そして、そのまま歩きだしてしまう。
――どこへ行くんだ?
此処で棒立ちになる訳にもいかないので、取り敢えず付いて行ってみる。
――ダメだったら怒られるだけだしな。
「これを」
「……掃除道具?」
付いて行った先で渡されたのは、簡素な水桶と襤褸布。
バケツと雑巾の様な物だろうか。
「これで、隅々まで綺麗にしてきなさい」
「隅々までって……」
視界の先には、吸い込まれそうな程先まで続く長い廊下。
窓も大きなものが複数付いており、太陽の光で明るくなっている。
その窓も、今の姿では上まで届きそうにない。
「脚立みたいなのはないかな……?」
「窓は必要ありません」
「え?」
如何すれば上までできるか、と窓の上の方を見ていた時。
メイド長がそう、声をかけてきた。
「窓は、正規のメイドたちが行いますので、あなたは細かい所をやってください」
「細かい所……あっ」
それだけ言うと、メイド長は歩き去ってしまった。
――窓をやらなくて良いのは、助かるけど……。
廊下を挟んで窓の反対側を見る。そこには、いくつもの扉が並んでいた。
そのうえ、この屋敷に有るのはこの廊下だけではない。一人でやるには、途方もない時間が掛かるだろう。
「これは……やりがいがあるな!」
とんでもない大労働の予感に、気合を入れる。
こんなもの、20年以上企業勤めをしてきた俺からすれば、造作も無い事だ。
それに――。
「働けるときに働いておかないとな」
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