2 記憶
「――い。……おい! 起きろ!」
「――ぅぐっ!?」
突然、耳に届く怒号。体に響く衝撃。
痛みに腰を押さえながら、視線を巡らす。
小さな窓の付いた大部屋の様だ。
掃除はされていないのか、かなり汚れている様に見える。
しかしそれ以上に、物が無い。
本当にだだっ広い部屋というだけで、生活感なんてものは皆無だ。
体育倉庫やバスケットゴールの付いていない体育館と言えば、伝わるだろうか。
そして眼の前には、右目に傷のついたスキンヘッドの大柄な男が立っていた。
「……えっと……?」
「何寝ぼけてんだ、早くしろ。もう、他の奴らは行っちまったぞ」
フンと鼻を鳴らして、その男も部屋から出ていく。
「な、何がどうなってるんだ……?」
しかし、俺のその質問に対する答えは返ってくることは無かった。
――一先ず、情報が欲しい。
「ッ!?」
今の状況を理解するにも、情報が必要。
一先ずこの部屋から出ようと、立ち上がろうとしたその時だった。
頭が割れそうな程の頭痛が襲ってくる。
「――うっ、ぐぅ……!?」
あまりの痛みに、頭を押さえてうずくまる。しかし、痛みは緩和される所か、さらに強くなっていく。
ギィ、と扉が開く音がする。
「おい! 何時まで寝てんだ! 早く……おい?」
男の声だ。だが、先程の隻眼の男とは別の声。
「おい? だ、大丈夫か……?」
近付いてくる男の声には、困惑の色が多分に含まれている。
――誰、だ……?
痛みの強くなる頭を抱えながら、視線を何とか上に向ける。
視界に入るのは、コックの様な白いエプロンに袖を通した小太りの中年の男。
歳は、俺と同じくらいだろうか。
瞬間、脳内に溢れ出す存在しない記憶。
――いや違う、これは……。
脳内を走馬灯のように流れていく記憶を見る度に、その記憶に実感を得ていく。
この部屋や、目の前の彼の事も少しずつ思い出す。
その中で、あの暗い空間で出会った少年の過去をも知ってしまった。
「……うっ。……ふぅ、……ふぅ」
全てを見終えたのか、映像が切れると共に頭の痛みも薄くなっていく。
「お、おい……?」
再び目の前の彼――料理長が俺に声をかける。
「大、丈夫、です。料理長。……今、いきます」
まだ少しふらつく頭を押さえ、立ち上がる。
俺の視線は料理長の腰位。目を見るには見上げるしかない位置にある。
「本当に大丈夫だな? ったく、こんな所で病気されちゃ敵わねぇよ」
「すみませんでした」
歩きだす料理長に続いて、俺も部屋を出る。
――本当に、そうなのか……?
さっきの記憶は、俺の物では無い。だが、オレの物でもある。
自分の右手を見る。
そこに有ったのは、見慣れた男らしい手ではなく、やせ細って骨張った子供の手だった。
そして、心に有る一つの確信。
――俺は、あの少年になってしまったのか……?
到底信じられるものでは無い。
しかし、そうだという確信だけが有る。
――とにかく、戻れる術を考えなければ。
元の世界に戻れるのなら、戻るべきだろう。
あそこには、残してきたものが多々ある。
仕事も、娘も……そのままにはしておけない。
「おい」
「! はい!」
調理室の手前、ドアの所で料理長が立ち止まる。
「どこまで付いてくるんだ。ゴミはもう片付けちまったから、掃除の方に行け」
「あ、わかりました……」
少年の記憶を探る。
確かにいつも、此処のごみを捨ててから屋敷の掃除へと向かっていた。
その最初の仕事は済ませてあるというのなら、次に向かうのは道理だろう。
料理長にお辞儀をしてから、待っているだろうメイドさんの所へと向かった。
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