第イチ発見者
駅に死体が棄てられている。
そんな通報があったのは、アパートで女性の変死体が見つかってから三日後の午前四時頃のことだった。
警察は即座に現場へと向かい、計五体もの変死体を発見し、怪異対策組織へと連絡した。
僕と笹井がその駅へと到着したのは、結局、最初の通報から二時間が経った頃のことだった。
「ふぁ……。まだ六時だっていうのに……」
笹井は特殊スーツの中で欠伸を零す。
五人の人間が命を落としたという事実を理解していないのか、それとも理解した上で死を冒涜しているのか、笹井に緊張感はない。
彼女に聞こえない程度の小さな舌打ちをする。
かすかに聞こえたのか笹井はこちらに目を向けたようだが、無視して近くに立っていた女に声をかけた。
「こんにちは。貴方が第一発見者の……」
「はい……叶多空といいます」
その女はスーツを着ていた。
笹井が着ているような防臭効果のあるものではなく、ごくごく普通の、女物のスーツだ。
女は青い顔をしていて、スーツからは強い腐臭が漂っている。
どうやら、現場は相当に強烈な死臭が立ち込めているようだった。
緩やかなウェーブを描く茶髪は、よく見ると染めたせいか、それとも手入れ不足なのか、傷んでいる。
琥珀色の瞳は所在なさげに揺れていた。
「それで、どういう状況だったんですか?」
笹井がぶっきらぼうに聞く。
特殊スーツによって顔はほとんど見えていないが、口調から面倒に思っているのは丸わかりだった。
舌打ちしそうになるのをなんとか堪えて叶多のほうを向くと、青かった表情が更に白くなっているのが分かる。
よほど恐ろしい光景だったのだろう。
慣れている僕たちですら恐ろしいと感じることもあるのだから、彼女が感じた恐怖はその比ではないはずだ。
それでも、叶多は精一杯言葉を紡いでくれた。
笹井に彼女の爪の垢でも煎じて飲ませれば、幾らかマシになるかもしれないとさえ思う。
「わ、私……昨日は、酔ってて……そこの駅で寝ちゃってたんです……」そこまで言ってその光景を思い出してしまったのか、深呼吸をして呼吸を整える。「多分、初めての飲み会で疲れてたのもあると思うんですけど……、起きられなくて、終電を逃してしまって、朝まで、……ていうか、三時半くらいまで、ベンチで寝てたんです……」
「なるほど。そこで、何を見たんですか?」
僕が促すと、叶多は小さく頷いた。
「そこには、人型のナニカがありました。目の前です。……たった、たった数十センチ先に、悪臭を放つ、ナニカがあったんです」
それは恐らく、十中八九、被害者のひとりだろう。
人型のナニカと表現するくらいだ、腐敗が進みすぎていて、人間として認識出来なかったのかもしれない。
そこまで酷い死体なら、僕たちもそうそう見ることはない。
彼女の目の前でその人が死んだのは、不運としか言いようがなかった。
「私、叫んだんです……大きな声で、叫びました。それが何かは分からなかったんですけど……少なくとも、まともなものだとは思えませんでした」
「うん、それが普通ですよ。何もおかしなことはない」
「……ありがとうございます。でも、多分、分かっていたんです……それが人だってことも、他にも人が死んでるってことも……」
「それはどうしてですか?」
僕が問うと、叶多は僅かに迷うように視線を彷徨わせる。
言うか言わないか、思案しているようだった。
しばらく待つと(それは数十秒ほどで、長くても二分ほどだった)、叶多は意を決して口を開く。
「私、身の回りでよく人が……その、死ぬんです……それも、怪異に憑かれて……。だから、死臭……っていうんですかね、そういうのが分かるんです。厄病神みたいですよね……」
たまに、怪異に惹かれやすい、または怪異を惹きやすい人がいる。
彼女はそういう体質に生まれてしまったのだろう。
確かに厄病神のように思われるかもしれないが、それは彼女が悪いわけがないのだ。
それに僕も、同じように怪異に惹かれやすい体質をしている。
だから少しだけ、共感してしまったのかもしれなかった。
「大丈夫、貴女は悪くないですよ。そういう体質の人は稀にいます……僕たち組織の人間が、貴女のような人を救うべきなんです。謝るのはむしろ、僕のほうです」
「そ、そんなことないです! 怪異対策組織の方が私たちのためにご尽力くださっているのは、私だって分かってますから」
必死になって僕のことを肯定する叶多の姿に、少しだけほっこりした。
「そう言って頂けると有難いです」とだけ答えて微笑む。
すると、後ろからぶっきらぼうに声が掛けられた。
「何を仲良く話してんの、あんた。私たちが何のために来てるのか、ちゃんと分かってるわけ?」
「……笹井」
「仲良く話してるとこ悪いんだけどさ、私はさっさと帰りたいわけ。早く話を済ませてくれない?」
「ご、ごめんなさいっ」
叶多を必要以上に威圧する笹井に、注意するように鋭い視線を向ける。
だが笹井は僕のことなど歯牙にもかけないとでも言うように、そっぽを向いて舌打ちをした。
「すみません。それでは、何かありましたらまたご連絡します」
「あ、はい! ……なんかすみません」
いいんですよ、と返して、叶多には組織の車でシャワーを浴びるように勧める。
相手が僕ならまだしも、仕事に死臭を漂わせて行っては退職の危機に晒されることは想像に難くない。
叶多が頭を下げて車に向かったのを見送ってから、後ろで腕組みをしている笹井に向き直った。
「笹井、必要以上に威圧するな」視線だけでなく口調も責めるようになってしまったのは、仕方の無いことだろう……と、自分を擁護する。「君のせいで彼女から得られる情報が減ってしまったら、どう責任を取るつもりだ。やる気がないなら事務所に戻ってくれ。どうせ初めから僕は教育係なんて嫌だったんだ、みんな理解してくれるさ」
自分でも棘があると思った。
それでも、どうしてもこう言わなければならない気がしていた。
何かに強制されるように、思ったままに口走ってしまっていたことに気付いたのは、すべてを口にしてしまってからだった。
笹井は何か異様なものを見るような視線をこちらに向けていた。
「あんた、今日おかしいよ」
気付かないふりをしていた何かに触れられた気がして、笹井から目を逸らす。
何も言わずに笹井に背を向け、通報があった駅へと向かって歩き出した。
笹井が小走りになって追いかけてくる足音が聞こえる。
どうして胸がざわめいているのか、その時の僕には分からなかった。
ただ、自分でも気付いていないことを笹井に指摘されるというのが、嫌で嫌で仕方がない。
腕時計の針は六時二十七分を指していた。




