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奇鬼眼  作者: 駿河留守
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ワタシは進む

 現実を受け入れることができない。ツーツーと通話が切れた音だけがワタシの耳の中に残り留まっている。暖房の聞いた部屋にもかかわらずワタシは寒気に襲われて布団をかぶって丸くなる。

 彼女は自ら自分の兄を殺したと言っていた。どうやって殺したのかどうして殺してしまったのか。その殺すための背を押し勇気を与えたのは誰なのか。彼女は包み隠さず赤裸々に答えてくれた。同じ境遇を持ったワタシに。いや、同じじゃない。同じであってたまるか。

 確かにワタシは人を殺した。理由は単に金が欲しかっただけという安易な理由だ。そのために関係のない老夫婦を殺してしまった。だが、彼女はどうだ。彼女はワタシに対してあこがれがあった。人を殺したという点では同じだが心境が違う。彼女の場合は話し合えば解決のできる内容であったはずだ。殺すところまで行く必要性なんてどこにもなかった。勢いでやってしまうものではない。家族なんだぞ。血のつながったこの世界には二つもない存在だ。それを彼女は簡単に殺したと言ったのだ。

 冷静になるんだ。

 果たしてそれは本当のことなのか?

 いや、ワタシのところに実際に警察が行方知れずの少女、山田の兄について何か知らないかと聞かれた。いなくなったのはワタシとデートをしたあの日だということだった。あの日あったことは彼女には鎖があったということだ。その鎖が苦しいのならワタシに吐き出せ。聞いてやることしかできないがそれで気持ちが軽くなるなら、というつもりで話したことだ。そのせいで彼女は兄を殺したのか。

 ならば、彼女に殺人をさえたのはワタシなのか?

 確かにワタシは人殺しをした悪人だ。悪いのはワタシか?

 それとも兄を殺した少女、山田が悪人。悪いのは彼女なのか?

「どっちなんだ?」

 そう呟くが答えは返ってこない。

 すると机に置いてあったケータイが震える。少女、山田が言っていた。ワタシの安定を破壊する奴らをどうにかするいい方法を実行するという。こういう予定を伝えるときは口頭ではなくいつもメールだ。

 今日の午後6時に市境の近くにあるコンビニだ。時刻は5時半というところだ。そこにデートの時と買った服装でなるべく取り立て屋を引きつけて来るようにと書いてあった。ワタシはどうするか悩んだ。今の少女、山田には人を殺すことに何の抵抗も感じていない。彼女はワタシということを怖いと感じていたが、興奮したと言っていた。それは明らかに拒絶するために使う言葉ではない。今の彼女はワタシと同じ土俵に立てことを喜んでいるように思えた。

 恋人同士で別の殺人事件を起こしている。その現実から日常から大きく外れたこんな不安定な関係をきっと彼女は過激だから喜ぶだろうがワタシにはその巨大すぎるリスク故に抱え込むのが怖くなってきた。

 これ以上彼女に関わるワタシの命まで危険になる。

 すべての始まりはワタシが殺人を犯した時に凶器を落としてしまったところからだ。その凶器を拾ったことでワタシの進むべき道を大きく変えてしまった。そして、気付けばワタシが少女、山田におびえている現状だ。

 普通なら少女、山田が殺人犯であるワタシに殺されるのではないかと恐怖するはずがまったく立場が逆転してしまった。あの時、少女、山田に初めて会った時にカッターナイフを構えて押し倒した時にワタシは彼女を殺しておけばよかったのだ。そうすれば、少なくとも彼女は壊れず普通の少女として死ねたのかもしれない。

 デートの時に見せたあの笑顔は偽物だったのだろうか?

 それとも奇鬼眼(ききがん)でワタシを振るえ上がらせたのが本物なのだろうか?

 どっちが本当なのかワタシには分からない。しかし、分かることがひとつだけある。それはあの鬼をあのまま野放しにしていたら危険だということだ。彼女は殺人に快感を覚えるようになりタバコのように依存してしまえば、最恐の殺人少女になってしまう。そうなってしまう前に止めるのは誰か?

「ワタシだけだ」

 決意のもとワタシは準備をする。

 正直ここまで胸が締め付けられるような緊張感というのは経験したことがない。なぜなら下手したら死ぬかもしれないのだ。

 部屋を出て寝室を除くとすでにおばさんは疲れ切って寝ていた。それを確認してからワタシはリビングにやってきてそこにあるゴミだらけのダイニングテーブルのゴミを机の角に寄せてきれいなったテーブルの上に強盗殺人を犯して作った金を封筒に入れておいた。その封筒に何か一言書こうと思い、ゴミの中からペンを取り出して書く。

 借金の返済に充ててください、甥っ子より。

 そう書いてワタシはリビングを出て自室に戻り来ていたスウェットを脱いでデートで買ったジーパンとTシャツとジャケットを着てその上にいつもの皮ジャンを羽織る。内ポケットにはカッターナイフを忍ばせる。

 死ぬかもしれない。それでもいい。あの金があれば今の借金が少しくらい楽になればそれでいい。そして、もしこの命が無事に済んだのならば・・・・・。

 ポケットに片手を突っ込んで玄関の扉を開けると外の冬の冷たい空気に身を震わせながら呟く。

「自首しよう」

 ワタシは玄関の扉を閉める。

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