ボクは思う
「ただいま~」
暗く明かりのついていない家に帰るのも今日で何回目だろう。最初から数える気がないから何度目なんかとっくの昔に分からなんくなっている。家に帰るとまず、台所に向かってコンロにおいてある鍋の中身を確認してから三角コーナーに捨てる。強烈な匂いに鼻を曲げながら捨てる。その後、空になった鍋には水を入れて火にかける。冷凍庫から複数ある袋のひとつを取り出して中身を乱雑に鍋の中に流し込んでふたを閉める。
なんでこんなことをしているのか。どうしてボクの家がこんなに静かなのか。なぜ、ボクがこうして自由に動けているのか。そんなのは簡単なことだよ。相葉さんがやったことと同じことをやったまでだ。そのための証拠を消す作業をしている。相葉さんがやったように。
さて、そんな過ぎてしまったことを気にしている場合じゃない。ボクに勇気をくれて自由にしてくれた。ボクの心の支えになってくれた相葉さんを今度はボクが助ける番なんだ。そのためだったらどんな手段でもとってやる。
その準備はすでに完了している。
テレビをつけると相葉さんが起こした殺人事件が発生して1週間がたったことを伝えるニュースが流れていた。そんなことを伝えても犯人が相葉さんだというのはボクだけしか知らない。逆にボク次第でこの事件はあっという間に解決できてしまう。それだけこの世に影響を与えるものをボクは握っている。それだけでぞくぞくする。
でも、今はそんなニュースよりも天気だ。上の方に小さく表記されている天気予報に今日の夜から明日にかけて晴れだと映っていた。なら、大丈夫。
テレビを消す。
今の状況を誰かに教えたらきっとお前は普通じゃないって言われる。すでに相葉さんにそう思われている気がするけど。相葉さんはボクを最初に見た時の眼は恐怖でおぼれていた。これが本当に人を殺したことのある男なのかと思った。でも、最初にボクをカッターナイフで刺しに行こうと押し倒した時にボクはぞくぞくした。経験したことのない恐怖に胸が躍る。そして、ボクを解放してくれた。
「お礼はちゃんと形のあるもので変えさないとね」
そう思うとスマホの着信が暗い家中に響く。スマホを手に取ると相葉さんからだった。ちょうどいい、ボクも彼に連絡をしたいと思っていたところだ。
「もしもし、どうしたの~?」
しばらく何も返事がない。まさか、取り立て屋にでも襲われた?それだったらどうしよう。ボクの計画が台無しだ。しばらくして相葉さんは変なことを聞いてきた。
「・・・・・君は一体何をした?」
「・・・・・はい?」
何が聞きたいのかさっぱりだ。
「今日警察がワタシのところに来た」
その時、ボクは全身に緩やかに流れて血流が一気に加速するのが分かった。
「ま、まさか!相葉さんが!殺人犯だから逮捕しに来たの!いや、逮捕されたら相葉さんの携帯からだとボクのところに連絡できない・・・・・でもなんで!」
落ち着けと相葉さんに言われた。電話の向こう側の相葉さんの雰囲気、物腰はとても落ち着いている。焦っている様子は感じられない。殺人事件関係で話を聞かれたというのならばもっと慌ててもいい気がするんだけど、それじゃなかったら一体なんで警察が相葉さんのところに?
何もわからないボクに相葉さんは話しを続ける。
「ワタシのことじゃない。お前のことで話が聞きたいと言ってやってきた」
「ボクの話?」
「・・・・・確かお前には4人の兄貴がいるんだよね?」
「うん、いるよ」
「・・・・・そいつらとはうまくやっているか?つらい家事を押しつけられているんだろ?」
そうだね。本当にそのせいで自由が縛られて辛かった。友達と遊びたいのに好きなテレビも見たいのに何もできなかった。そこから救ってくれたのは相葉さんだ。
「うん、もう大丈夫」
おかげで毎日好きなことをやり放題だよ。学校もサボりまくっているよ。相葉さんを助けるための準備のためにね。それを邪魔する者もいない。
「・・・・・兄貴とはちゃんと話して解決したのか?」
「うん、ちゃんとお話をしたよ」
でも、今は。
「今はどうなんだ?」
「今は・・・・・」
ボクの視線は自然と台所の流しの三角コーナーと鍋と冷蔵庫の方に目が行く。
「今はもう無理かな」
「なぜだ?」
分かった。相葉さんのところに警察が来た理由が。
「警察に何を聞いたの?」
「・・・・・お前の兄たちが行方不明になっていることを聞いた」
そうなんだ。いつかは話そうと思ってたけど、まさかこんな形で向こうから迫って来るとはね。
「そうだよ。いなくなったんだよ。いや・・・・・消したんだよ」
最後の6文字を口に発した時にボクの中で中毒になっていると過言でもないぞくぞくに襲われる。
「消したってまさか・・・・・」
相葉さんが言うのをためらっているので構わずボクは言ってのける。
「殺したんだよ」
電話の向こう側の相葉さんは言葉を発することなく黙り込んでしまった。きっと、ボクのやってしまったことに驚いて言葉も出ないんだろう。向こうから会話を再開するまで煮立つ鍋の様子を見ながら待つ。
「殺したってどういうことだよ?」
「そのままだよ」
火を弱めて冷蔵庫を背もたれにして床に座り込む。人を殺したことの初めて人に話す興奮のせいでに煮えたぎる体を冷やすように冷たい床に座る。
「なんで殺したんだよ。いくら自由を縛られていたからといって家族だぞ」
「これでも最初は抵抗したんだよ」
あの日、相葉さんと出会って学校を休んだ日。最初に帰って来たのはいつもとは違う3番目の兄だった。仕事で早めに出って行ったわりには仕事の方も早めに切りあげてこれから飲みに行くという。そこで3番目の兄にたまにはボクの代わりに家事をやってよって言った。すると兄はそんなのはお前の仕事だろ。黙って働けって言ったんだ。俺は忙しいっていう割には飲みに行くのを楽しみにしている顔だった。手に握る相葉さんが殺人に使った刃物を持つ手が震えた。これだ。これだから嫌なんだ。仕事だ仕事だっと言っておきながらこの兄はそれを楽しんでいる。そして、その仕事にも開放される時間がある、1日がある。果たしてボクにはそれがあるのか?
そんなものはない。
洗濯籠に投げ込まれた汗と泥にまみれた臭い作業服を洗うのは誰だ。今日の飯はいらないというそのいつも飯を作るのは誰だ。冷蔵庫にあった麦茶を飲むために使ったコップを洗うのは誰だ。その麦茶を作ったのは誰だ。
殺ってしまえ。
必死に抵抗してこらえる僕の頭の中で声が再生された。相葉さんの声に聞こえて急に体が軽くなって感覚がなくなった瞬間、ボクの体は意思に反して早く動く。急接近するボクに何事だと振り返る3番目の兄の目の前には刃物を構えて飛び掛かるボクの姿が映ったはずだ。そのまま飛び掛かる力を加えて深く兄の胸を刃物を刺し貫く。その際に暴れて靴箱が倒れてボクにのしかかる。男臭に満たされた靴箱と靴の山から抜け出してみるとボクの全身には生暖かい真っ赤な血がめっとりとついていた。その靴の山からは血が流れて掘り返すとそこにいたのは刃物の根元まで刺されて貫かれた兄の姿だった。
それを見た瞬間、笑いが止まらなかった。
その兄の死体を風呂場に放置している作業中にいつも最初に返って来る4番目の兄が帰ってきてその現実離れした光景に顔を真っ青にして怯えた。どうせ、こいつも同じだ。そのまま動けない4番目の兄の首を切り落として殺した。2番目の兄は血だらけの家に血相を抱えてリビングに飛び込んできた。それを血だらけのボクが出迎えてそのまま周囲を警戒する兄を尻目に背後から刺し殺した。
1番目の兄はもう面倒だから現実を見せる前にさっさと殺した。玄関はそうじしたばかりで汚くしたくなかったから風呂場まで誘導してそのまま首を切って殺した。人の首から噴射される血の噴水を浴びてボクは浸っていた。
人を殺したという実感とその興奮の快感と自由を与えられた感覚だ。
明日からは家事のことなんか気にしなくてもいい。そう思うと急に誰かと遊びたくなった。学校の友達は付き合いが悪いとか言ってほとんどいない。でも、ボクには出来たばかりの下部ともいうべき人物がいるじゃないか。それは相葉さんだ。
「これが一連の流れ」
「・・・・・・」
すごく現実離れし過ぎて言葉も出ないみたいだね。
「全部、相葉さんがくれた勇気のおかげだよ。ありがとうね」
「な!」
何か驚いているような感じだ。
「あ、そうそう。今から会えるかな?相葉さんの好きな安定を破壊する奴らをどうにかするいい方法というのを実行しようと思うんだよ。大丈夫だよね?」
「い、いやでも」
「拒否権はないよ」
こうやって少しトーンを落としてゆっくり話せば相葉さんは怯えて言い返してこない。会っている時に目線を合わせると怯えた子羊みたいに相葉さんはなる。これは電話でも例外ではないようだ。
「場所と時間はメールで送るね。じゃあ、また後で」
返事を聞かずに電話を切る。
「さてと」
立ち上がって鍋の中身を確認する。煮詰められているもののせいで真っ黒なドロドロの液体の中にはブヨブヨとした黒と茶色の塊と生々しい白い固い塊。それが何かと想像しただけで最初は吐き気がした。でも、1週間もしてしまえば慣れたものだよ。
「もう、人の肉とか内臓とか骨とか煮詰めてもなんとも思わない」
暗い部屋でコンロの火が不気味に揺れる。




