ボクは進む
半年くらい前に部屋を掃除していたら小学生に入学したての頃に書いた作文を見つけて読んだ。本当に赤面するようなかわいいことが書いてあった。この頃から一人称がボクだったせいか作文には一人称のところには毎回のようにけし込みで消したような跡があった。少しでも女の子らしくしようという心掛けがあったみたいだ。そんな女の子らしさを求めていた小学校1年生にボクが抱いていた将来の夢。
「わたしはお花屋さんになりたい・・・・か」
寒空の下体を縮めながら夜道を歩く。
これから下手したら死ぬかもしれない。いや、それ以上の苦しみを味わう人生になるかもしれない。それを覚悟して目的地に向かっている時に走馬灯のようにボクの幼いころの記憶がよみがえる。なんでこのタイミングでよみがえったのだろうと疑問になる。まだ、一人称のボクを直そうと努力していた時期だった。今は直すのを諦めてしまったせいか大して気にしていないけど気にしていた頃の自分がかわいくなってしまった。
あのころのボクは予想していただろうか?
自由のなくて何も変わらない日常が嫌で兄を殺して殺人犯を脅して、そしてこれからボクがやろうとしていることはまさに過激なことだ。将来の夢をお花屋さんとか言っていた女の子がやるようなことではない。
あのころのボクが予想しているはずがない。
もし、過去に戻れるのだとしたらまず家事を率先してやないように言いつける。そして、もしそれが回避できなくて自由が利かなくなってしまってもいつか君を自由にしてくれる現実から離れた人物に出会える。その人に負けないようなに心を鍛えるんだって言いたい。そうすれば、今のボクみたいに殺人犯を脅して手駒してする過激な生活が送れる。それは胸あたりで起きるぞくぞくが止まらなくて興奮がたまらなくて、きっと気分がいい。誰も経験したことのない緊張がなんとも言えない。
これからやろうとしていることは本当に誰もが好きにできないようなそんなことをやって見せる。
相葉さんと待ち合わせ指定したコンビニに到着するとボクがデートの時に選んだ服装の上から革ジャンを羽織った男の人が待っていた。
「お待たせ」
そう声を掛けるとそれに気づいた相葉さんが寄ってくる。
この人はボクを助けてくれた勇気をくれた救世主だ。その救世主は借金を抱えていてその返済を取り立てる人に脅されている。そんな魔の手からボクはこの救世主を助けて見せる。ボクだけの、ボクだけが知る世間を騒がせる殺人犯だから。
「ちゃんと取り立て屋さんを引き付けてきてくれた?」
「たぶんな。そこに停まっている車がたぶんそうだ」
「分かりやすく置いてあるね」
「プレッシャーをかけているんだろう。女に絡めばどうなるか分かっているんだろうな。とか、コンビニで買い物をしている金があるならば借金を返せとかいろいろな」
「ふ~ん」
相葉さんも大変だね。でも、それも今日まで。
「本当に大丈夫なのか?」
「だいじょーぶ」
このためにボクは1週間も時間を費やして計画して準備をしてきたんだ。
「こっちだよ」
ボクは相葉さんの腕にべったりとくっついて計画を実行する場所に向かう。
「く、くっつくな!」
「いいじゃん!恋人同士なんだし」
「いや、確かにそうかもしれないが・・・・・」
へぇ~、ボクを恋人だって認めるんだ。
すごく・・・・・うれしいな。
「大丈夫。ボクを救ってくれたように今度は相葉さんをボクが救う番だよ」
決意のもとに目的の場所に向かう。
市境の大きな川。近くには国道があって大きな橋も近くにある。そこにほど近いところにある小さな橋。国道の橋が出来る前まではこの橋が主に川を渡る手段だった。今は車一台がやっと通れるだけの幅しかなくて散歩をする人がたまに渡るくらいだ。
この寒い冬の季節にこんな風の通りがよくて肌寒いところをわざわざ散歩のコースにいる人はほとんどいない。ボクと相葉さんはその橋を渡る。
「寒っ!」
強い冬の風に相葉さんは体を震わせる。
「なら、ボクが抱き着いて温めてあげようか?」
「は、はぁ?」
「ぎゅー!」
ボクは相葉さんに抱きついて人の体温をぬくもりを感じる。相葉さんの体温がどんどん上がっていく。ボクのことを女の子として見ている証拠だ。本当にうれしい。
「待て!離れろ!」
「ボクも寒いの!」
「バカか!取り立て屋が近くで見ているかもしれないんだぞ!」
それは好都合だよ。
ボクは相葉さんに抱きつきながらも橋に設置したふたつの段ボールがこの強くて冷たい冬の風で飛んでいないかだけ確認する。大丈夫。後はちゃんと動いてくれるかどうかだ。相葉さんのぬくもりを感じながらもボクの目線は橋の両端に行く。するとボクたちが渡って来た側に黒い車が一台止まる。助手席からひとりの黒のスーツ姿でサングラスをした強面の男が後部座席の扉を開けると同じスーツ姿の男の人が出てきた。でも、出てきたのは比較的に大人しそうな優顔の男だった。
それよりもだよ。
「本当にああいうやくざみたいなのって実在するんだね」
「感心してる場合か」
「やあやあ、相葉さんの甥っ子くん。1週間ぶりくらいに姿を見たよ」
相葉さんは会いたくなかったみたいな顔をしている。
「もしかして死んでいるんじゃないかと思うくらい家から出てこないから心配したよ。でも、こうして元気な姿を見ることが出来てうれしいよ」
友好的に近寄ってくる取り立て屋のリーダーのような優顔の男の人とは逆に睨むような形相でその後を追ってくるサングラスの男たち。
「こんな寒い時にアツアツのラブラブデートをしている時に申し訳ないんだけど、甥っ子くんは覚えているよね。あの時言った時のことを」
息を飲む相葉さんは何を言い返していいのか分からない様子だ。今後、相葉さんはボクと関わればボクを身内と判断されて借金の返済のために体を売られてしまうかもしれないからだ。そうなってほしくないのならば借金返済のために働けとのことだった。
忠告を無視してボクと会うということはそういうことだ。相葉さんは取り立て屋にボクを売ることを見込んでいると思っているのだ。気付けば後方からも同じような強面のサングラスの男たちが近寄っていた。
「相葉さん」
「な、なんだ?」
「大丈夫だよ。ボクに任せて」
怖くて体が震えあがりそうだ。でも、その感覚がたまらない。ボクがほしい過激的な出来事。これを楽しまないなんでもったいない。
ボクは肩掛けのバックの中からこの出会いのすべてのきっかけとなったアイテム。これを手にした時のボクは誰にも負ける気がしない。相葉さんの殺人を犯した時の闇を吸いこんでいるのかもしれない刃物。ボクはそれを取り出して掲げた。何の変哲もないただの包丁。だけど、この包丁は6人の人間の命を奪い吸っている。これを持つとボクの気持ちは高まる。ミントを食べたようなスーッとするそう快感に包まれて体が軽くなる。
「動かない方がいいよ~」
ボクの握る刃物を見て取り立て屋たちが一斉に足を止める。
「なんだ?」
起きた状況がよく分かっていないみたいだね。
「おい!お前は一体何を!」
「相葉さんは黙って人質になってくださいよ」
そう言って刃物を相葉さんののど元に突きつける。
「君は何をしているんだね?」
優顔の取り立て屋の親分さんがボクにそう尋ねる。
「それ以上近付くと相葉さんをのど元から切り殺しますよ」
「は?」
「この刃物は本物ですよ」
そう言って強く刃物をほんの少し強く押しこんで刃先で相葉さんの喉元に傷をつけて血を流して証明して見せる。
「そこにおいてあるダンボールよりもこっちに近づいたら本当に殺しますよ。せっかくの借金の返済に充てるだけのお金を持っている相葉さんが死んでしまってもいいんですか?」
その言葉に反応した優顔の取り立て屋の親分さんは歩みを止める。
「それは本当かい?」
「本当だよ。ありかをボクは知っている。相葉さんは誰にも話しちゃダメだって言われたけど、彼女のボクだけには教えてくれた。ほらほら~。早くしないと本当に殺しちゃうよ~」
突き立てる刃物をゆっくり相葉さんに差し込んでいくのと同時に出血の量が増えて相葉さんの顔が青ざめていくのが分かった。これがあの殺人犯の相葉さんだ。ボクが精神まで支配したのだ。心地いい。
「誰が貴様みたいな小娘のことなんか!」
優顔の取り立て屋の親分さんの後ろにいたモブのひとりがそう叫ぶ。
「うるさいな。今は君と話してないよ。黙ってないとその舌から削ぎ落とすよ」
ボクが睨みつけると怯えたように後退りするモブ。
「お前らは彼女の言うことに従え」
「ボス!」
「あの眼は普通じゃない。まるで鬼みたいじゃないか。こっちまで恐怖で震えてくる」
見えたのは優顔の取り立て屋の親分さんの額に汗が流れたということだ。こんなに寒いのに。でも、今のボクは興奮していてとれも暑い。こんな命を掛けた交渉の場に立てるなんてすごくぞくぞくする。
「そのボスさんだけこっちにおいで」
そういうと背後の部下に軽く指示を出してからゆっくりとボクたちの方にやって来た。
「なかなか根性のある良い眼をしている女の子じゃないか」
「ありがとう」
「震えあがって死にそうな相葉さんの甥っ子をいい加減に離してあげたらどうだい?」
確かに緊張で死んじゃうかもしれないし。
指示通り青ざめた相葉さんを解放してあげるとそのまま倒れ込むようにひざをついて血の出ている喉元を押さえる。
「君みたいな子は欲しいくらいだ。強面なだけで無能な部下に比べたら君は魅力的だよ」
「ありがとう。でも、ボクは相葉さんの物だから。だから君たちの物でもない。彼はボクの言うことを聞かなければならない事情がある。彼にはその拒否権が存在しない」
「それで本当に君は相葉さんの甥っ子の彼女なのかい?」
「そうだよ。ボクを自由にしてくれた救世主。その救世主のためだったらボクはなんでもする」
「なんでも?」
「そう。だから、これ以上相葉さんに借金の返済に関わらせないことを約束してほしいな」
血の付いた刃物を向ける。
「それはできない。借金を作ったのは彼の叔父だが、その叔父がいない以上借金を返す義務があるのはその血縁である彼も例外ではない」
そうなんだ。相葉さんの言う借金は自分で作ったものじゃないんだ。相葉さんの叔父さんが作ったものを理不尽に突きつけられているだけなんだ。その不安定さが嫌で相葉さんは殺人を犯してまで金を手に入れて安定を求めた。家族に家事を強要されて自由を奪われたボクと同じじゃないか。
「本当に世の中って理不尽だよ」
ボクを一歩引いて用意していた紐を持っていたナイフで切る。優顔の取り立て屋の親分さんはボクが何かを切ったのに気付いたようだったけど気に留めていないようだ。相葉さんは傷口を押さえたまま屈んでいる。好都合だ。
「理不尽すぎて吐き気がするよ」
「・・・・・なんだ?その眼は?」
「でも、その理不尽の腹いせをした時の快感が何よりも幸せだよ」
「奇妙な眼でこちらを見るな!」
「肉を切る弾力とそれに合わせて噴き出る血。最高だよ!たまらないよ!でも、まだ足りない!もっと刺激がほしい!血がほしい!人をいっぱい!・・・・・いっぱい殺したい」
その最後の言葉に反応したのは相葉さんだった。
「逃げろ!今すぐ少女、山田から離れろ!」
そろそろだ。
「ばいばい。ボクの救世主を邪魔する奴め。・・・・・・消え去れ」
最後に言った言葉はボクの言葉じゃない。耳の底の方でノイズが走ったようにざわついてうまく聞き取れなかった。
ボクは相葉さんに覆いかぶさるように身を低くした瞬間だった。
置かれていた二つの段ボールのうちひとつがオレンジ色の炎を上げて爆発した。段ボールは吹き飛んでオレンジ色の炎を突っ切って飛んできたのは無数のパチンコ玉だ。近くに立っていた取り立て屋のモブに一斉に襲い掛かる。
バキバキという骨が砕かれる音。グシャという肉がえぐれる音。カンカンとパチンコ玉が橋の手すりに当たる音。
ボクの作った手製の爆弾。圧力鍋の側面にパチンコ玉を敷き詰めてボンベ缶のガスを満たして外から熱を加える。中のガスが沸点を越えて爆散したのだ。ボクが切った紐は爆弾と化した鍋にIHで熱を加えるためのスイッチだ。準備に1週間もかかったけど成功して何よりだ。
でも、ひとつしか爆発しなかった。
「もう一個はちょっと失敗かな?」
その小言を聞いた爆発で頭を抱えて身を縮めていた優顔の取り立て屋の親分さんが仲間の危険を立ち上がり知らせる。
「お前ら!その段ボールから今すぐ離れろ!」
だけど、遅かった。ボクの作った爆弾はちゃんとオレンジ色の炎を上げて爆発して飛んでくるパチンコ玉の雨に打たれて体中に穴が空いて強面の男たちはその場で血だらけになって動けなくなった。優顔の取り立て屋の親分さんも立ち上がったせいで飛んできたパチンコ玉の一部が腕をかすめて地面に倒れる。
「ハハ」
ボクは見た。
血だらけの地獄のような光景を。
「ハハハ」
ボクは感じた。
人が死んでしまったことを。
「ハハハ!キャハハハハ!」
ボクは分かった。
完全にボクは鬼になってしまったことを。




