ワタシの決意
聞こえる声はワタシの知る少女の声ではない。悪魔、鬼、魔女。いろんな表現を使うことのできるそんな声で声高々と笑い声をあげる。彼女が本気でワタシを殺しに行くことはないと分かっていた。なのに少女、山田に喉元に刃物を押しつけられた時に感じた死の恐怖を感じた。このまま喉元をえぐられて死ぬのではないのか思った。死ぬかも思った。
解放された時にワタシは立ち上がれなかった。相手は5、6歳年下の女の子にもかかわらず大人げない。少女に脅されて腰が抜けてしまってなかなか立ち上がることが出来なかった。止まらない血に自分の命が少しずつ削られていくような感じがして体が震えて力が入らなかった。
少女、山田を止めようと恐怖を押し切ってここに来たというのにワタシは無力だ。彼女から見ればワタシは鎖から解放させ自由にした救世主かもしれないが、他人から見れば鬼を作り上げた悪魔だ。
悪人はどっちだ?
それはきっとワタシだ。
ワタシには彼女を止められない。止めようという意思はあっても止める勇気も力もない。
「本当に世の中って理不尽だよ」
そう彼女は言って後に何か刃物で紐を切るとその紐は何かを引っ張っていた。それが解放されて何かが起きた。だが、ワタシにはそれを確認する手段はない。相手は遠慮も容赦もないやくざ系の取り立て屋だということは彼女だって知っていたはずだ。いくら、ワタシと同じように奇鬼眼で脅しても取り立て屋が素直にワタシの借金を無いことにするはずがない。
そんな彼女はどうにかすると言って1週間も時間がかかった。その間、彼女は一体何をやっていたのか?そして、逃げ道を塞がれるこんな橋のやって来たのはなんでだ?
その答えが出る前に彼女は口にする。正直、取り立て屋との言い争いなんて聞いていなかったがそれだけは耳に鮮明に聞き取ることが出来た。
「肉を切る弾力とそれに合わせて噴き出る血。最高だよ!たまらないよ!でも、まだ足りない!もっと刺激がほしい!血がほしい!人をいっぱい!・・・・・いっぱい殺したい」
人をたくさん殺す。
「逃げろ!今すぐ少女、山田から離れろ!」
俺は痛む首を無視して声を張る。が、それに取り立て屋たちが反応する訳でもなく突然叫ぶワタシにただ疑問を浮かべるだけだった。そして、奇鬼眼を従えた彼女は呟いた。
「ばいばい。ボクの救世主を邪魔する奴め。・・・・・・消え去れ」
その瞬間、置いてあった段ボールが爆発した。オレンジ色の光を発して僕恩を鳴らして爆発した。大きく揺れる橋。それと同時に抜くが削げるようなぐちゃぐちゃという音が響く。ワタシはその爆発した方を見るのが怖くて目を向けることが出来なかった。そこに広がっているのは紛れもない地獄。だ
「もう一個はちょっと失敗かな?」
それが終わりまだではなかった。その小言に気付いた頭を抱えて身を縮めていた取り立て屋が仲間の危険を立ち上がり大声で知らせる。
「お前ら!その段ボールから今すぐ離れろ!」
だが、遅かった。
再び反対側の段ボールが爆散し血の手すりにかかり血が橋の上からぽたぽたと流れ落ちる。仲間の危機を伝えた取り立て屋も爆発の被害にあい、腕を負傷して倒れる。ワタシと少女、山田は身を低くしていたおかげでなんともなかった。
「ハハ」
ワタシは見た。
地獄の光景を見て笑みを浮かべる少女の表情を。
「ハハハ」
ワタシは感じた。
ここに史上最悪と言っても過言ではない鬼が誕生したことを。
「ハハハ!キャハハハハ!」
ワタシは分かった。
この鬼を作り上げたのはワタシだと。
止めなければ。このままでは彼女は本当に鬼になってしまう。あの女の子の笑顔を見せた少女、山田が消えてしまう。それだけはなってはならない。今の彼女に殺人犯であるワタシを手駒にするという緊張感が存在するかどうか分からない。もし、それがないのならば刺激がないと判断されたら殺される。
忍ばせてあるカッターナイフに手が触れる。
行け。やるしかないぞ。止められるのはもうワタシしかいない。
「さて、取り立て屋の親玉さん。もう一度聞くよ」
うずくまるワタシを跨いで少女、山田が腕を負傷して橋の手すりにもたれて身動きが取れない取り立て屋に刃物を向けながらゆっくりと近付く。
「これ以上相葉さんに借金の返済に関わらせないでほしいな。どう?」
ワタシは見た。少女、山田の眼を。
それはもう奇妙な鬼のような眼、奇鬼眼と言える眼ではない。あの眼はもう奇妙という表現は正しくない。それはどんな悪人すらも震えがらせる悪魔の瞳だった。その眼を見て取り立て屋は身動きが出来ずに震えあがっている。
「き、君はなんだ!君は誰なんだ!」
その質問に少女、山田は答える。
「ボクかい?ボクはね~」
少女、山田は刃物を取り立て屋の鼻先に当てて笑いながら答える。
「ただの・・・・・女の子だよ」
そう言って持っていた刃物で取り立て屋の太ももと思いっきり突き刺した。取り立て屋の悲鳴と噴き出る血の音。その血は少女、山田の整った顔にかかりその悪魔のような形相に拍車がかかる。
「まだ、ボクの要求をのまないの?だったら、次はもう片方の太ももに刺しちゃおっかな~」
刺さった刃物を刺しぬくと血が噴き出て少女の顔を汚す。
少女は取り立て屋が痛みと恐怖で崩れていく様子を楽しそうに見ていた。
あの少女はワタシのような殺人犯なんかに会わずに普通に過ごすべきだったんだ。そうすれば、いつか彼女が直面していた問題をちゃんと見てくれる人物が現れて自由になったはずだ。問題を見てくれた人物と日常的でありながらも過激な楽しい日常を過ごすこともできたはずなのだ。それをワタシのような殺人犯なんかに助けてもらえてしまったせいで彼女の人生は狂ってしまった。
彼女は悪人にしたのはワタシ。悪いのはワタシだ。
結論はそれだ。彼女が奪った命はもうワタシには把握できない。でも、これ以上はダメだ。せめて、ここで彼女の暴走を止めるんだ。最後の犠牲者がワタシになってもいい。彼女を絶対の止めないといけない。
やれ・・・・・やるんだ!ワタシ!
それでも動こうとしないワタシの体に鞭を入れるためにカッターナイフで手の甲を刺す。血が噴き出て顔に付く。焼けるような痛みが手の甲に走り迷いがいい気に掻き消されてワタシは立ち上がり叫ぶ!
「止まれ!」
少女、山田が取り立て屋の刺していない方の太ももを刺そうとしていたが、ワタシの声で止まる。震えた手を一度太ももで強く叩いてから血の付いたカッターナイフを構える。
「何かな~?相葉さん~?」
彼女は呂律がしっかり回っていなかった。その眼は焦点があっていないように左右の瞳孔の大きさが違いトローンとしていた。その眼はもう何も見ていなかった。ただ、人を殺すための人形のように感じた。
恐怖した。だが、逃げている場合じゃない。
「も、もういい。それ以上そいつを刺す必要はない!」
言い切った。
その言葉に疑問を浮かべたのか首をかしげながらこちらに向き直る。
「なんでカッターなんか構えてるの?」
「お前がもうワタシの知っている人物じゃないからだ」
「・・・・・何言ってるの?」
少女、山田はワタシと同じように血の付いた刃物を向ける。
「何?その交戦的な眼は?」
お前の奇鬼眼よりはマシなはずだ。
「邪魔しないでよ。ボクは相葉さんのためにこの取り立て屋を説得しているんだよ」
説得?ワタシには脅しているようにしか見えなかったが?
「それとも相葉さんもいっしょにやりたいの?気持ちいいよ。肉を引き裂く感触に。楽しいよ。恐怖に歪む顔を見るのは。このぞくぞくする過激的な快感もいっしょに味わおうよ。相葉さんも一度は経験しているはずだよ。ほとんどの人が経験しない体験だよ」
確かにその誰にも経験できない過激的なことを体験で来て楽しいかもしれないな。ワタシも一度は味わった人を切る感触。でも、ワタシの答えはひとつだ。
「いっしょにしないでほしいな」
「・・・・・何言ってるの?相葉さんだって」
「ワタシは・・・・・その感触を気持ちいとも思わないし、人が恐怖で歪む顔を見ても楽しいとも思わない」
「な、なんで?」
困惑する少女、山田の瞳孔が安定しない。
「ワタシは普通がいいが思っている。安定的で過激なんかいない。お前のような考える奴のことなんか正直まったく共感できない」
「え、え。・・・・・で、でも、自由がないのはいやだって」
「それはそうだ。それはワタシにとって安定とは言わない。自由の利かないところにいて、好きなことができない環境を安定とは言わない。そんな地獄のような世界での生活は安定的とは言わない。だが、今のお前はどうだ?人を殺し傷つけていることのどこにワタシの求めている安定があると思っているんだ?」
言ってやった。心臓が爆発しそうになるくらい鼓動が早く手足が震える。それを悟られないようにするのが必死だった。それで返って来た少女、山田の回答がこうだ。
「安定なんて必要ないよ」
少女、山田は刃物を向けたままゆっくりとワタシに歩み寄る。
「ボクが必要なのは過激だけ。同じ日常を繰り返して何が楽しいの?ボクはこんな毎日が過ごしたかったんだよ。世間を騒がせるような渦の中にいるのが楽しくて仕方ないんだよ。それに気づかせてくれたのは相葉さんだよ。だから、そんな真っ向から否定しないでよ」
「なら、分かった。真っ向から否定してやる。お前の考えにワタシは乗れない。ワタシは安定的な毎日がほしい!そのためには少女、山田!お前が邪魔だ!」
少女、山田の足が止まる。
デートの時に多少の好意を抱いた小さな少女だったが今はそんなものはない。この少女に出会ってから、その手に握る刃物を奪われてからワタシの安定は消えた。常にいつ沈没してもおかしくない難破船に乗っているような感覚だった。
「ワタシはお前が嫌いだ」
付き合おうと言われていた。つまり、この1週間近く。ワタシと彼女は恋人だった。だが、ここでワタシは彼女が嫌いだと言った。本当に短い付き合いだった。
「何を訳の分からないことを言っているの?相葉さんには拒否権はないよ」
「そうだな。それはお前の握る刃物が原因だった。しかし、その刃物の所有権はすでにワタシにはない。4人の実の兄を血を吸い、さらに取り立て屋の血を吸っているその刃物はワタシよりもお前の方が使っている」
このままいけば老夫婦を殺害した濡れ衣も彼女にかぶせることもできるレベルだ。彼女は素手で刃物を握っている。ワタシの指紋を掻き消して握っている。もう、その刃物にはワタシの痕跡はほとんど残っていない。
「・・・・・ボクを捨てるの?」
「・・・・・少なくとも今のお前とは付き合っていられない」
ワタシは大きく息を吸う。
「ワタシは最後に再び生活を不安定にすることをする!」
宣言する。
「少女、山田!お前を殺す!自分で作った不祥事は自分で何とかする!」
カッターの刃を最大限にまで出して構える。少女、山田は表情を見せずに俯いた。




