ワタシが鬼
初めて彼女と出会った時の印象は恐怖だけだった。奇妙な鬼のような眼を持った不気味でワタシの心に鋭い刃物を突き付けて脅して言うことを聞かせる悪の存在でしかなった。しかし、そんな少女、山田はワタシの前で泣いた。鬼の雰囲気はそこにはなくて少女として泣いた。
彼女が置かれていた状況をワタシは初めて知った。家族に縛られて自由を奪われて苦しんでいた。彼女はその現状を破壊してくれる人物を探していた。それが殺人犯のワタシだった。
彼女の枷は強くて頑丈だ。それを完全に解くには和解して枷をとってもらうか、強引に壊すかのどちらかだ。
どちらがいいのかワタシには分からない。
「ありがとう!今日は本当に楽しかったよ!」
「ああ、ワタシもだ」
日が傾き始めてワタシたちに吹き付ける北風がより一層寒くなり買った服の上から革ジャンを羽織って寒さをしのいだ。少女、山田は何か気に入らない顔をしていたが寒さで凍えてしまうから無理だと言って何とか説得した。
あの後、泣き止んだ少女、山田とご飯を食べて宣言通りにアイスを食べて本屋に行って適当な雑誌を読んでふたりでくすくすと笑った。充実した1日にというものをワタシは数年ぶりに体感した気がした。ワタシのようなニートの奴らはこんな女の子と休日を過ごすなんて言うことがあれば発狂レベルだろう。背後から襲われないように気を付けなければ。
「相葉さん」
「なんだ?」
「また・・・・・その明日もいっしょに遊びませんか?」
「・・・・・何を今更そんなビクビク頼んでるんだ?」
今日来たのはお前に脅されてきたんだぞ。
「嫌ですか?」
「嫌なわけないだろ。これほど1日を充実したと感じたのは久々だ。この疲れは本当に心地いい。こんな心地いい毎日をワタシにくれるというのなら大歓迎だ」
「なら明日も!」
「ここに集合だな」
「なら!明日!映画観ましょう!映画!」
何も気にしないでぴったり引っ付いて催促してくる。
「分かった、分かった」
なんだか微笑ましい。
「何を見るかは任せる」
「分かってるよ。あれとそれとこれと」
「ひ、ひとつだけだぞ」
「りょーかい!じゃあ、また明日!」
そう手を振って駆け足で少女、山田は帰路を急ぐ人ごみに消えて行った。ワタシはその姿が完全に見えなくなるまで小さく手を振って見送った。
見送ったワタシはゆっくりと家に帰る。
するとワタシの正面を母と父と子の三人家族が目の前を横切った。子供は楽しそう母と父と手をつないでいた。家族との良好な関係。ワタシが聞いた断片的な少女、山田の家族は最悪というわけでもなく良好というわけでもないようだった。少なくとも少女、山田の兄たちは家族の関係を最悪とは思っていないだろう。苦労しているのは彼女だけみたいだったからだ。
ワタシの家族はどうだろう?おばさんはワタシのことをどう思っているだろう?
働きもしない邪魔者?金食い虫?そう思われてもおかしくない。借金にまみれて必死に働いているのに対して何もしないワタシに多少の嫌悪をしてもおかしくない。
ワタシが今日の遊んでいる時ですらもおばさんは必死に働いている。そんなワタシはのうのうと生きている。今日だけで1万円以上は金を使っている。その金があるだけで借金が減り生活が楽になる。
「本当にこれでいいのか?」
今まで深く考えていなかったことを考えてしまう。ワタシが彼女の背を押して一歩進めたように彼女に少女、山田にワタシも背を押されたのだ。
今日の渡す資金は少し多めにしよう。どこでどう働いたのかは絶対に言わないでおこう。
「喜んでくれる・・・・・よな」
いいこともありこれからいいことをしようとしているせいか久々に気分よく家に向かっている最中だった。一方通行の細い裏道を通り家に向かっていると背後からやって来た一台の黒い車がワタシの真横で並走する。
「これはこれは相葉さんの甥っ子じゃないか」
取り立て屋だった。黒いスーツを着て正装をしている優顔をしているがそれはただのアメであって罠だ。それをここ半年の間にワタシは十分すぎるほど経験している。車から出てきた取り立て屋は車を先に行かせて俺の隣を並走して家に向かう。
「なんだよ?」
「いやいや、いつも家に引きこもってばかりの君がこんな時間まで何をしていたのかな?」
せっかく気分がよかったのにぶち壊しだ。
「別に・・・・・なんでもいいだろ?」
「何でもよくない。もし、君がニートから脱して働きだしたというのならばその資金をすべて受け取る義務があると思うんだよ」
「どれだけ返しても利子が増える一方で返す見込みゼロじゃねーか」
「それはちゃんと契約書に書いてあった内容なのに君のおじさんが見ていなかったのが悪いんだよ」
確かにそうかもしれない。
「人の不幸を見てそんなに楽しいか?」
「楽しいわけないよ。辛いくてあまりにもかわいそうだよ。だから、さっさと返してほしんだよね。君みたいに昼間から女の子といちゃいちゃ遊んでいないでさ」
「な!」
なんでそれを!
「年は君より結構下だったよね。高校生くらいかな?ああいう子は売れば結構なお金になるんだよ。特に初めてとかだって言うなら君らの借金なんかあっという間に返済できてしまうよ」
「ふざけるな!」
ワタシは取り立て屋の胸元を掴みかかる。
「彼女には手を出してみろ!殺すぞ!」
「だったら今持っている有り金をすべてこちらに譲ってもらいたい。そもそも、あんな子と遊んでいる場合があるのならば働いて金を返せ。君らには自由なんてどこにもないんだよ。こちらはすでに限界まで来ているんだよ」
取り立て屋が手を軽く上げると一斉に物陰から同じような黒のスーツ姿のがたいのいい者たちが一斉にワタシに襲い掛かる。両腕の自由を体の自由を奪いコンクリートの地面にワタシは押さえつけられる。
「これは失礼。せっかく女の子に選んでもらった服が汚れてしまった」
そういうと取り立て屋は部下から貰った缶コーヒーを俺に浴びせるようにかける。そのせいでせっかく買った服に染みが出来る。それをへらへらと周りの奴らが笑う。必死に抵抗するが押さえつけられたワタシは身動きが出来ない。ひとりの取り立て屋の部下がワタシの財布を取り出して金を抜き取る。
「おお、3万もあるじゃないか。一体これはどこで手に入れたものなのかな?」
「・・・・・」
「答えなさい!」
ワタシの足を踏みつける。口が裂けても言えるわけがない。強盗殺人をして手に入れた金なんて言えるはずがない。それを見た取り立て屋は大きくため息をついた。
「また、来るね。その時もこのくらいお金を用意しておいてね」
そういうとワタシを押さえていたものも拘束を解く。見計らったように黒い車が迎えにやってきて取り立て屋が開けられた車の中に乗り込む。
「ああ、そうそう。今日みたいに返すための金であの女の子と遊んでいるようなら、どうなるか分かっているよね」
「待て!彼女には!」
「君に拒否権はないよ」
そういうと扉を閉めて行ってしまった。周りにいたその部下たちもその車の後に来た車に乗り込んで行ってしまった。誰もいない裏道にひざまずくワタシは無力だ。ひとりの少女を救えても自分は救えない。そして、ワタシはこの手で救った少女までをも危険に巻き込もうとしている。
「鬼はどっちだ?」
少女、山田の鬼からは解放されたに等しいがそれでもワタシにはもうひとり鬼がいた。




